13 王と王子と近衛騎士
脇役たちの会話
******
「ランド、ネイト。この前の”賭け”の具合はどんな感じだい?」
ここは王城の中庭。晴れた午後のあたたかな日差しが緑を照らしている。
半年ほど前、ギルバートから逃げるようにして王女アンジェリカが駆けこんだ中庭である。
そして第八王子ゼノがアンジェリカをお忍びに連れ出しギルバートを置いてけぼりにした場所でもある。
今、その中庭にはテラステーブルが持ち出され、席に男二人がつきボードゲームを対戦していた。ゼノとランドである。もう一人の騎士ネイトはテーブル脇に直立不動で控えている。
「賭けって……ギルの背丈のことですか?」
ランドが駒を進める手を止めてゼノの方をみると、ゼノは頷く。
「そう。隊服は今年度中に新調することになりそうかい?」
「えぇ、あれは確実ですねぇ。二サイズくらい飛び越してしまいそうです。アンジェリカ様の背丈は完全に越えましたからね」
ゼノの質問に、ランドは後輩の成長を思い出しながら返事をした。
「そっかぁ。寮の近くを通りかかったとき、声も聞こえてきたけど、ずいぶんと低くなって安定してきたもんね。前はときどき掠れてひっくりかえっちゃってたのに」
駒を動かしながら、ランドとゼノは気軽に言葉を交わす。ネイトは黙ってそんな二人を見守っている。
「んー、じゃ、背丈の賭けは私の負けかなぁ。あと一年後くらいにいっきに成長するかとおもったけどなぁ……。やっぱり、あれか。騎士は守るべき者ができちゃうと成長しちゃうのか」
「……ただの成長期じゃないですか」
「それだけ? 私としては、ギルバートがアンジェリカ付きになったことも、成長に関係していると踏んでいるけど」
「考えすぎでは?」
「そうかな。ギルバートとアンジェリカにはぜひ幸せになってもらいたいんだがな」
ゼノの言葉にランドは顔が引きつった。
「王女と騎士の身分差の恋とか……やめてください。近衛隊に変な噂はいらないんです。そっとしておいてください」
ランドがそう言うと、ゼノは肩をすくめた。駒を置いたあと、椅子の背もたれに上体を預けて、上を向く。
晴天の今日は、中庭にもやわらかな陽光が降り注ぐ。時折風がとおり、小さな花びらがちらちらと舞う。緑豊かな中庭には、甘い花の匂いが漂う。
「んー。でもさ、アンジェリカは王族の年齢で考えると嫁き遅れの年頃になるし……でも、ずっと独身で王城暮らしで年を重ねるには、あの生真面目だけど愛情深い気性は、きっと辛いところも多いだろうなって思うからなぁ」
「……」
「かといって、国内のどこかの貴族との結婚を考えるにしても、アンジェリカが幸せになれるような良縁が思いつかないんだな。彼女自身はとても良い子で可愛らしいが、大抵の貴族はアンジェリカの育ちをどこか軽視するだろうし……」
「それで、ギルバートですか」
ランドがため息をつきつつ呟くと。「そう、適任だろ?」とゼノが相槌を打った。
「伯爵家生まれ、貴族。第十一王女との婚姻と考えるならば血統だけみればまずまずだろう。第三子だから伯爵家は受け継がないけれど、このままいけば本人が騎士隊での尽力で爵位を得ることになるだろうし。身分差はあるけど、世間的には納得できる範疇の身分差かなぁと思うよ」
「まぁたしかにそうですね。でも、ギルバートは王女よりも三つも年下です」
「たしかに年下ではあるけれども、そういう夫婦だって貴族にはたくさんいるし。ギルバートがもう少し貫禄でるまで婚約期間を長めにとればうまく釣り合うんじゃないかなぁ。ギルバートは真面目だしアンジェリカにふさわしい落ち着いた家庭を築けそうと思わないかい?」
「そう言われるとそういう気もしますが……。当人たちはどうでしょうね」
ランドがやんわりとゼノの案に疑問を投げかけてみるものの、ゼノはランドの言葉を流してニヤリと笑った。
「ギルバートのアンジェリカへの執着みたいな忠誠心、貴重だよ」
「……はぁ」
「アンジェリカを守るためならなんだってするぞって勢いがあるよ、あの子。だって、王女付きになってから、一度も休んだことないらしいよ? 一度もだよ? 夜は女官に替わるとはいえ、あり得なくない?」
「まあそうですね」
「それに、アンジェリカの貴婦人としての学びの教師役にディアル家の侯爵夫人をひっぱりだしてきたんだよ。たしかに王族出身で社交界にも顔がきくけど、あの超絶頑固者の夫人だよ?だいたいギルバート自身の実家より格上の貴婦人を味方につけるなんてさぁ、あの近衛騎士くんは何を使って取り引きしたんだか……」
たしかにギルバートは1日も休まずアンジェリカの警護に立ち続けている。アンジェリカの先生役には侯爵夫人の了承を取り付けてきた。
とんでもなく主に尽くしているといえる。
「あの熱中を見てるとさ、もしアンジェリカを質にすればギルバートは暗殺部隊へでもどこへでも移動してくれそうだなって思ったりするなぁ」
「やめてください」
「大丈夫、実際にやるつもりはないから。ギルバートには花形の近衛でいて欲しいし。まぁとにかくさ、王女としては重すぎるかもしれないけど、あれくらい一途じゃないとアンジェリカは幸せになれない気もしてね。もちろんアンジェリカの幸せ優先だから、彼女がギルバートのことを好きにならないと意味がないけれどね」
ゼノの言葉にランドは苦笑する。
たしかにギルバートのアンジェリカへの「守りたい」という気持ちの一途さは重すぎるともいえるし、少年の頃というのは何かと一方的に思いつめるものではないか、とも思ったりする。
ランドから見ていると、ギルバートのアンジェリカへの一途さは、犬が主をずっと追っかけているような、雛鳥が親鳥の後をおいかけているような姿が重なるのだ。また王女アンジェリカもどこか弟妹を慈しんでいるようにギルバートを見ているような気がする。
ランドもまた昔出会った人に忠誠をたて、その人の住むこの国を守るという誓いで騎士を続けてこれたが、恋ではない。ゼノのようになんでも恋に結びつけるというのは違う気もしたのだった。
近衛隊の将来有望な一番若い騎士の顔を思い浮かべつつ、ゼノにいちおう進言することにした。
「……ギルバートが王女に向けるのは、恋愛ではなく忠誠心に基づく愛情であると思うのですが」
ランドがそういうと、ゼノは眉を上げた。
そして、じいっとランドの目を見つめる。
「そう? 本当に、本当に、そうランドは思っているのかい?」
ゼノの言葉にランドは肩をすくめた。
「少なくとも今まではそう見えますが……」
「私はね、未来の話をしているんだよ。これからの可能性として、二人の間に脈ありって雰囲気感じないかい?」
ゼノの追求にランドは困り、逃げるようにして脇に控えるネイトに目を向けた。
「……ネイトはどう思う?」
「ランド、他に問いをふるのは卑怯だぞ……。まぁ、私としてはネイトの意見も聞きたいからいいけどさ。で、ネイトはどう思う?」
脇に控えていたネイトは、同僚であるランドと王子であるゼノからの視線を受けてもなんの表情も変えない。
淡々と前を向いたまま、口を開いた。
「人の心はわかりません」
「……」
正論のような、逃げのような、わからぬ返事にランドとゼノはため息をつく。
「そりゃわからないけどな。あぁ……じゃあさ」
ゼノは思いついたように、身体を起こし、テーブルに身を乗り出した。その生き生きと輝きをました表情を見て、ランドは、この殿下はまた良からぬことを思いついたのではないかと心の内でため息をつく。
「なんです……もう思いつきで厄介ごとはやめてください、ゼノ殿下」
「単なる未来の賭け事だよ」
「……なんです?」
「今後、ギルバートとアンジェリカに恋が芽生えるか否か、賭けてみないか」
ランドは額に手をやり、息をついた。
「……ギルバートの気性としてですね。万が一にでも王女に懸想しましても、認めないと思いますが。または気付かないか」
「気づかない……たしかに」
先輩らしい後輩をよく観察している言葉であった。
ゼノは「それは一理ある」と頷いている。そんな殿下をやれやれという目でみつつ、ランドは首を傾げた。話題の方向を変えるためでもある。
「それにしたって、どうしてそんなにギルや王女のことを気になさるんです。今は王女はお忍びもされませんし、ゼノ殿下との接点もほぼありませんでしょう? 放っておけばよいではないですか」
「うん、まあね……。接点はないけどね……」
ランドの言葉に、ゼノは少し黙った。
それから小さく息をついた。
「責任を少し感じているからね」
「はあ、責任ですか?」
「うん。アンジェリカがここに来ることになった、責任」
予想だにしなかったゼノの言葉に、いっきにランドは顔が引きつった。近衛隊にも報告があがっていない何かをしでかしたのか、このお忍び大好き王子は……と内心、叫びをあげる。
「アンジェリカが王の血を引いているとわかったきっかけは、聖教会に強力な守り札を求めて、その引き換えの証に小指の血一滴を聖教会に差し出したからなんだ」
「それは存じ上げております」
「で、その強力な守り札が必要になったのって、アンジェリカが勤めていた医療院に精霊の呪いを受けた患者が来たときに、精霊の呪いの解呪ができる看護者が出払ってたからだ。通常の者が呪いを受けた人を看るには守り札がないと、逆に呪われちゃうからさ」
「わかります」
「でさ、その医療院に呪いの解呪いができる看護者が出払ってた原因っていうのが……まぁ、私のせいなんだよね」
ゼノの言葉に、ランドはこれでもかというくらいに目を見開いた。
「ど、どういう……」
「ほら、私が精霊の子に好かれちゃって追っかけまわされた時があっただろう」
「ありましたね」
「そのときに受けた呪いが強すぎてね、あの精霊の子、独占欲が強かったんだろうねぇ。私の目が誰かを見たら、その視線で相手を物理的に怪我させたり酷いと殺してしまうくらいの感じになってしまって」
「……」
「それで……看護者が集められたと」
「そう、私自身は目隠してねぇ……解呪いのために、看護人の力を大集結してもらってしまって。最終的に王の守りの精霊にも仲介していただき、呪いをかけた精霊と和解できたんだよ。まぁ解けたからよかったんだけど、視線で殺しちゃうなんて一歩間違えば大事だからなぁ。父王が出てきてくださったから、当初、関係者以外には漏らしちゃいけない守秘案件だったんだ。今は解決したから話せるけど」
「……近衛騎士隊にも情報共有されてないところをみると、それお忍び先の出来事ですね」
ランドの盛大なため息に、ゼノは「まあね」と苦笑した。
「まぁ、私もさすがに懲りたなぁという事件だったけど、あの日、街の看護人を独り占めしてしまったことが、巡り巡って、まさか末妹が見つかることにつながるなんてね……。ちょっと感動的なんだけどさ、でも、アンジェリカにすればあの日のせいで十九年生きてきた場所を離れることになってしまった。立場が大きく変わり、人生が変わってしまった」
「……そうともいえますね」
「私があのとき看護者を独り占めにしなければ、医療院は強力な守り札を必要とせず、アンジェリカは血を差し出さずにすんだかもしれない。……王の子が見つかったことは、王城側にとっては喜ばしいけれど、彼女にとっては祝い事でなかったろうと思うと、責任を感じてね。あの子が幸せになるための協力は惜しみたくないんだ。幸せにはなってほしいと思うからさ」
「それで、ギルバートですか?」
「そう。私の見立てとしては人生のパートナーとして良いと思うんだよ。同じ男としてみると、生意気なちびっこだけどさ」
「……」
「だからさ……私はギルバートとアンジェリカに恋が芽生えるに100ルーセン賭けるよ」
ゼノのにっこりとした笑顔に話題転換が成功しなかったことを理解し、ランドが盛大なため息をついた。
その刹那。
脇に立っていたネイトがピンっと姿勢を正したのを感じ、ランドとゼノも顔をあげた。
「私も、近衛騎士と王女の恋に賭けよう」
突如、朗々とひびく威厳のある声。
「王!」
ランドとゼノは席から立ち上がり、ネイトと並び姿勢を正した。
ひょっこりと現れたのは、豊かな白髪に白いひげをながく蓄えた、メーデル王国の王。アンジェリカの父であり、ゼノの父でもある。
王はゆったりと歩みを進め、三人の前に立った。
「気楽にしてくれてよいのだよ。面白い話に私も入ってみたくてねぇ」
「父上、供の者たちは……」
「置いてきてしまったよ。ここに近衛騎士が二人もいるから良いだろう?」
ふぉふぉふぉと髭を揺らして大らかに笑い、メーデル王はネイトがすすめた椅子に腰かけた。
すると中庭の葉がさらさらと風で揺れ、ちらちら花びらが舞った。
精霊の守りを得ている王のまわりは、不思議といつもささやきのようなかすかな風が起こる。王のひげをゆらしたり、衣服の裾をゆらしたり。
精霊は姿を見せないが、王が常人とはことなる何かをまとっているのは、霊感やら精霊の加護やらがないランドにすら感じられた。
メーデルの国王は、代々、精霊に守られ精霊とともに歩むのである。
「ランド、ネイト、先ほどのゼノの話に呆れたかもしれないね。だが、実はゼノが精霊に無茶な恋を受けたのも、私の守りの精霊のせいでもあるのだよ」
「守りの精霊でございますか?」
「私の守りの精霊は恋の精霊だから、恋の成就を得意とするんだよ」
王はまたふぉっふぉっと笑った。
王がほがらかに笑うのを喜ぶように中庭の木々の葉がさよさよと揺れる。
「もう何十年も前、王となる戴冠式で精霊の守護を受けた。たいてい癒しの精霊の守護を受けるはずなんじゃが……私の前に現れたのは恋の精霊だった。面白いもので、戴冠式以降、精霊に誘われるようにしてたくさんの恋をしてきたんだよ。まぁもともと人を恋慕う資質もあったのだろうがねぇ、人をすぐ好きになり、そしてそれが不思議なことにうまくいくのだ。相手は私を好きになり、そして無理のあるような身分差でも歳の差でも、不思議とうまく結ばれて幸せが増える。……まぁ、王が恋にうつつを抜かすわけだから、宰相には苦労をかけた部分もあるが、まぁ世継ぎで頭を悩ませずにすんだよ」
「……」
たしかに、王の子は末子のアンジェリカまでで第二十三子、王は愛妾も多く子だくさんである。
「精霊の守りによって出会う女性たちゆえか、我が恋は結果的に国の繁栄につながって、不思議と愛妾同士も諍いがおこらん。恋の精霊は夫婦にせよ女同士にせよ、仲立ちがうまいのじゃ」
「……たしかに我が国は長く平和が保たれております」
メーデル王国における精霊は、基本的に姿が見えない。しかし力を持つ。
人を祝福したり、呪ってきたりするのだ。基本的に気まぐれな、不思議な力を持つ塊といってよい。風が吹くように、陽光が差し込むように、ふつうにメーデル王国の中を精霊は祝福もすれば呪いもかけてくる。
メーデル王を守護した恋の精霊は、メーデル王に恋を導き祝福するのである。
「だが……」
と、ふと王は言葉を止めた。
「アンジェリカの母との恋は、その恋の精霊の導きによるものとは違うのだよ。精霊の声を聴けるのは私だけゆえ、誰も知らないがね……」
「……っ!?」
ランドは王の言葉に思わず息をのんだ。
まさかこんな中庭で、王が秘密めいた昔語りを始めるとは思っていなかった。
驚きを隠せないランドの前で、王はゆったりと昔をなつかしむように話した。
「アンジェリカの母との恋。それは精霊が反対した恋だったのだ。この出会いは幸せになれぬと精霊は怒ったのだが、私は惹かれずにいられなかったのだ。……当時、四十の私が自分の年齢の半分ほどの女性に恋をしてしまったのだよ。彼女は私が身分を隠して出かけた先のふつうの食堂の娘で……。初めての……いや、最初で最後の精霊によらないときめきだ」
王は皺を深めて微笑んだ。
「なんといっても精霊が『幸せになれぬ』とわめいているのだ、恋は叶わないと思っていたんだよ。けれど、まさかの成就、アンジェリカの母も私を好いてくれたのだ。精霊の加護がないのにとどれだけ驚いたか」
「……」
「ただね、私は王だ。新しい恋のせいで、それまでの子どもたちを生んでくれた愛妾たちを不幸せにするつもりはなかったんだよ。これまでと同じく平等に大切にするつもりでいた。つまりね、アンジェリカの母親である女性を、それまでの恋人たちに加える……という意識だったのだ、私は、それしか知らなかったのだ。恋をするたびに、その相手も王の愛妾であることを受け入れてくれたものだから……私は驕っていたのだ。いや……無知だったのだ、人の気持ちに」
王は少し顔をあげ、陽光を顔に受けてまぶしそうに眼を細めた。
「……アンジェリカの母は、そんな待遇を受け入れはしなかった。想いを交わして過ごした幸せの一夜、結ばれた翌朝。あの娘は私の元を離れていったのだよ。別れの手紙を残してね。たくさんの女性の中の一人でいるつもりはなかったと。一夜だけでいい、幸せをわかちあいたかっただけだったと……。探してくれるな……と。手紙に書き残して。気丈な娘だった。そこを愛したんだが、まさか子を宿しているとは」
ランドは何も言えなかった。ゼノはこの経緯をある程度は知っているのか、落ち着いた表情で王の話に耳を傾けている。
「たった一夜、されど一夜。別れを望んだあの娘を探さないのが、私なりの愛情と思っていたが……私は判断を間違ったのだ」
王がランドとネイトとゼノを順に見た。
「王である私の子たちはその血に精霊の光を受ける。ゼノもそうだ、アンジェリカもそうだ。その身に流れる血を調べれば、光を放つ――……。誰にでも見られる光ではないが、精霊の力を感じ取れるものであれば、見られる光だ。だがなんの役にも立たぬのだ。守護は王だけ。精霊の声、導きを聴けるのも王だけ。……王の子は、人が守らねばならぬのだよ。それなのに……私は判断を間違い、あの子の母をたった一人身のままで妊婦の時を過ごさせてしまった。どれだけ不安だったろうと思うのだ。考えるだけで胸が震える。どれほど心もとなかっただろう……よく無事にアンジェリカを産んでくれたものだ……。それは、どれほどの勇気よの」
そこまで語り、王はしばらく黙った。
中庭に風が揺れる。
王はその風をあじわうかのようにそっと目を細め、それからランドたちの方を見た。
「だから、せめてだね、アンジェリカを王城に引き取るときに、アンジェリカのことは、誰よりも守ろうとしてくれる者をつけたかったのだ。それゆえギルバートを付けるよう采配した。ギルバートは有望株じゃし……まぁ頭が回りすぎて少々考えすぎなところもあるが、心の清い少年だ。あの子を守り続けてくれるだろうと思った。そのギルバートが、アンジェリカの人生の伴侶ともなるのであったら、安泰じゃ。私も安心できる」
ランドは王の語りに驚きながらも……たしかにギルバートは「一途に守る」という意味でいえば、適任だったのだろうと思った。
ただ、もちろんギルバートもアンジェリカもこの背景は知らぬことであろうし、ましてや今後の二人の動向までも生暖かく見守られていることは知らないに違いない。
ランドは、ギルバートとアンジェリカの行く末を想って、少し眉を寄せた。近衛騎士の先輩としては、あまりに未来を周囲から固められてゆく後輩の立場も王女の立場も、少々痛ましく思ってしまう部分もあるのだった。
きっとどの道に進んでいくにせよ、あのギルバートはいちいち悩むことになるだろうが……。
もし守る主に対して懸想してしまった場合……ギルバートはいったいどうなってしまうのか。
先輩ランドとしては頭痛がしそうな未来が見える気がした。
……きっと、俺としては話相手、愚痴相手になってやるしかできないだろうなぁ。
身体の成長であればパナーニャジュースをすすめるが、心の成長については妙薬があるわけではない。
ましてや恋やら愛やらにも決まったかたちはない。
ギルバートとアンジェリカの間にどんな想いが育つのか……それを当人たちがいかに受け止めるのか……誰にもわかりはしない。
けれども、上流階級の社会は当人たちの想いがはぐくむ時間をゆっくりと待ってくれるような世界ではないこともランドはよく知っていた。
やはり考えるだけで頭が痛い。
目の前では、王と第八王子が何やらよろしくない方向の笑顔を浮かべている。さきほどの悔恨を滲ませる心を明かした雰囲気は払しょくされ、くえない王族たちの空気をまとっている。
「ほれほれ、ランドとネイトは、賭けのゆくえはいかがする?」
促されて、ランドは「はい……まぁ」とあいまいな返事をした
王族という立場たるゆえか、それとも恋の精霊の気性なのか、はたまた単なる性格ゆえか――……今後も人の恋路にちゃちゃいれをいたしそうな王と王子。
次にこんなときでも銅像のように直立不動の同僚騎士。
中庭に集う面々を見ただけでも、今後のギルバートの苦労が垣間見える気がした。
……ギルバート。近衛騎士たる者、如何なる困難にも希望の光を見出すべし――。
届くか届かないかわからぬような励ましの気持ちを後輩に贈る。
そうしてランドはギルバートに声なき応援をささげたあと、さて自分は、若き二人に恋の芽生えはありそうかなさそうか……どちらに賭けるべきなのか熟考しはじめたのだった。




