11 帰路
ランドの前に子どものように馬に乗せられる。
旅商人の姿のまま乗せていても注目を集めるので、ランドのマントを借りてすっぽりと身体を包んでしまっていた。よけいに子どものような気がして、ギルバートは気持ちが落ち着かなかった。
だが、背後のランドからの「ギルバート」という呼びかけに一気に気持ちを引き締める。
「最近頻出していた二人組の物盗りを捕まえられたのは良かったが、王女を危険にさらすことになった問題は自覚しているよな?」
背後からの問いかけに、ギルバートは頷いた。
「時間内に孤児院訪問を終了し、日が明るい内に戻るべきでした」
「そうだ。守護するというのは、主が気付かぬうちに危険を避ける方向へと促すことも含まれる。予測して防ぐんだ。……以前のギルだって、お忍びで街に出かける王女を止めて、危険回避しようとしていたのはそのためだろう?」
確認するように言われてギルバートは「はい」と返事する。
ランドは続けて問うた。
「そんな慎重だったギルが、今日は孤児院を出る時間が遅くなることを許容した。なぜだ?」
ギルバートはしばし考え口を開いた。
「王女が孤児院のこどもたちの別れを惜しんでいたのがわかったので……切り出せなかったのです」
「王女のせいにするのか?」
「まさか! 私の言い方が足りませんでした。王女が子ども達と丁寧に別れを惜しむ時間を、私自身が邪魔したくなかったのです。王女にゆっくりと別れを惜しんで欲しくて、帰城を促しませんでした」
「近衛騎士としての役目よりもギル自身の欲求を優先させたのだな。あと、驕り、傲慢はなかったか」
「……驕り、ですか」
「そうだ。少々孤児院を出るのが遅れたとしても、問題は起こらないだろう、あっても自分は対処できるという驕りだ。問題がないお忍びが何度か続くと、そういった自分たちは無事で済むにちがいないという傲慢さや驕りが出る。やらかしてしまいそうな失敗ではあるが、実際にやってしまっては駄目だな。王女を危険にさらし、御者の負傷につながった」
ランドの言葉にギルバートは視線を落とした。
「……おっしゃる通り。私のなかで平安は続くと思い始めていたのかもしれません」
「そうだな。けれど、現実は何事も紙一重だ」
「はい」
「この間違いから学べ。そして二度目を起こすな」
「はい」
ギルバートが返事した後、ふたりともだまりこくったためしばらく沈黙が続いた。
その後、沈黙をやぶったのはランドだった。、
「……前に俺が言った、王女の考えはどうなのかっていう問いは覚えているか」
「はい」
「何か、答えは得たか?」
「……王女が大切に想われていることが何であるのか、少しわかってきたように思います。なぜ孤児院をお訪ねになりたかったのかも話してくださいました。それと……」
「それと?」
一度言葉を切ったギルバートに、ランドは続きを促す。
しばし考えをまとめるように口をつぐんだ後、ギルバートは言った。
「守ろうとするだけでは不十分だったとわかりました」
「ふぅん。それで?」
「……騎士がその主を守ろうと思い行動するのはもちろんのこと、主もまたその騎士に守られようとしてくださるからこそ、互いに信頼関係が築けるのだとわかりました」
「なるほどね。……まぁ、ギルと王女はそうだろうね」
ランドの言葉にギルが顔を少し背後のランドの方を向けると、ランドが苦笑していた。
「信頼関係がなくとも近衛隊として主を守らなけれければならないことなんて、しょっちゅうでてくるからねぇ。俺には言い切れない言葉だよ」
「……」
近衛隊として実務経験の長いランドを前に、若い自分が単に理想論を話してしまったようで、ギルは恥ずかしくなり俯いた。
「でも、ギルはその想いを大切にすると良いよ」
思いのほかあたたかな労わるような声がギルバートに届いた。
「この国に身を奉じる騎士であるからには、遂行すべき任務は課せられ続ける。それはこっちの思惑やこちらの良しあし関係なく、命ぜられる。俺自身はその人物を打ちたくなくても命令により打たねばならないときもある。見逃したくないのに見逃さなければならないときもある。自分の中での正しさとは相いれないのに、近衛隊としての正義を貫かねばならない場合もある。ここに所属しているがゆえに、背負わなければならないことは、所属する時を重ねればかさねるほど増えていくよ。だからこそ、守るべき”一番”を完全に据えておいた方がいい」
静かにランドが言った。
いつも軽やかな口調の先輩の言葉にしては、身体が向き合っていないからなのだろうか、じっくりとした重みをもつような響きに感じた。
「ギルの全身全霊の守りをどこにおくのか、誰の信頼を一番にするのか。口にはせずとも心に決めておいていいと思う。そうするとブレないですむしね。国に騎士としての奉仕の誓いを立てた我が身だとしても、国とは個人ではないのだから……その国の中にある”なにか”や”だれか”を心の中で決めて守り続けるのは、リュリス神は許してくださるよ」
「……ランドもその”だれか”への決心を持っているということですか?」
「ん、まあね。俺の場合は、家族とも恋人とも違う、忠誠心……みたいな感じだけど」
ランドは軽い言い方で認めた。
けれど、その声音はとてもあたたかく優しく聞こえた。
ギルバートは、今ランドの脳裏に描かれている人には、ランドはきっというもそういう声で語り掛けるのだろうとなんとなく想像できた。
「私は王女を守り続けられるでしょうか」
「任務という意味では、どうだかわかんないねぇ……。ギルは期待の若手だからなぁ。上の采配によるとはおもうけど、まぁ第十一王女付きが長く続くとはあまり思えないよね」
「それでも守り続けてゆけるでしょうか。王女を」
「……ギルの努力次第で」
ランドの返事にギルは頷いた。
努力次第。先は誰にもわからない。ゆえに、自ら探しながら進むしかないのだ。
城に着いた後、報告や後片付けなので思いのほか時間がかかった。旅商人の変装を解き、王女の元をたずねられる近衛隊の服を身につけたときには、いつもなら王女がそろそろ就寝する時刻であり、警護をギルバートから女官に交代する頃だった。今はネイトが付いているのだろうが、このまま女官に交代されてしまっては、王女に会えないまま明日になってしまう。
ギルバートの気は急いていた。
自分の部屋で騎士隊の服を着けて剣も身に着け、足早に寮を出ようとした時だった。
「おう、ギルバートさん!! これ、飲んでってくださいよ!」
背後から野太い声が聞こえた。
聞きなれたその声の主をギルバートは知っている。食堂の料理長だ。
振り返ると、特大の瓶の青くどろりとしたジュース……パナーニャジュースを持った料理長が、にっかり笑っていた。
「今日は昼も晩の分も飲んでねぇの気になってたんですよ! よかった会えて!」
「……急いでいるので、後で……」
「しぼりたてが旨いんですよ! 時間立つと苦味が増すし、分離しますよ?」
どんと特大瓶を胸元に突き出されて、ギルバートは息をついた。
この料理長と飲む飲まないのやりとりを繰り返すよりも、ここで一気にひと瓶あおってしまっ方がてっとり早いと感じた。
どっちみち日課のパナーニャジュースは飲まねばならない。ネイトのような巨漢までにはなれなくとも、せめて王女を馬上に抱きあげられるくらいにならねば……。
ギルバートは料理長から瓶を受け取って煽った。
ごくごくと勢いよく飲んでいく。
「いやぁ、その飲みっぷり、いつ見ても気持ちがいい! ギルバートさんは、大物になるっすよ!」
寮の廊下で大声で言われて恥ずかしさはあるが、ギルバートが毎食パナーニャジュースをあおるのも、食堂の料理人たちがこぞってギルバートを大きく育てようとやっきになっているのもいつものことなので、通り過ぎる騎士たちは見慣れたことだと通り過ぎていく。
ごくごくごくごく……
勢いよく飲み込んでいき、あともう少しで瓶の中身を飲み干すというときだった。
瓶をあおるギルバートの目の端に、先輩騎士の巨体が入った。
……ネイトっ!
王女の警護はどうした!?
と動揺した瞬間、粘りのあるパナーニャジュースを飲みこむリズムが崩れた。
「……っ」
あおる瓶を口からあわてて離し、ギルバートは咄嗟に手の甲で唇を抑える。咳き込んで吹き出しそうになるのをなんとかこらえ飲み下した。
「大丈夫っすか?」
瓶を片手に大きく息をついたギルバートに、料理長は腰をかがめて心配そうに顔をのぞきこんできた。
心配ないことを示すために、空いた手で料理長を制し顔を上げる。
「……ジュース、感謝します」
そう言って空いた瓶を料理長に渡すと、料理長はほっとしたような表情となった。
礼をして料理長の元を離れると同時に、ネイトがギルバートの方に寄ってきた。ギルバートもネイトに王女はどうしたと問おうとした瞬間、ネイトの方が先に口を開いた。
「アンジェリカ様のところに急げ」
「どうしたんだ!?」
「就寝前にギルに一言かけたいとお待ちだ。すでに女官がいるから、同席だが」
「すぐに行くっ」
ネイトの言葉に即答したギルバートは一気に王女の部屋の方向へと走り出した。




