10 襲撃
突然やってきた不穏。
咄嗟にギルバートは旅商人姿のまま王女を抱き込んだ。
御者がやられたのか「……うぅぅ」という痛みをこらえるような唸り声か聞こえる。
足音が馬車の扉に近づくのをとらえ、ギルバートは王女の抱き込む腕に力を込めた。王女は気が動転しているようだったが、ぎゅっと唇を引き結び、身を縮こまらせながらギルバートの旅商人の装束の服をギュっと握っている。
馬車の扉の取ってに触れる音がする。庫内が揺れて、ランプの灯りがゆらめく。
……来る。
ガダガダガダッ
馬車の扉が乱暴にこじ開けられた。
黒い覆面の巨体の男が二人、棍棒と大きな刃のついた斧を見せつけ、
「金を出せっ!」
と、地響きのような怒鳴り声を張り上げる。
狭い庫内での雄叫びのあまりの粗野な響きに、王女の肩が震えたのがギルバートにも伝わった。
こめかみがぴくっと動く。
……この方を怯えさせるなど、なめた真似を。
突如あらわれた男達、その出で立ちから人通りのすくない森や林を狙う強盗だと推測し、ギルバートは装束の布の下で目を細めた。
ランプの灯りを消さないところから見るに隠密行動の者たちでなく素人なのが伺えた。また、男達の構えから武術の心得もあまりなさそうだと判断する。
ただ体格は良く、衣服の下は鋼の筋肉を隠しているような体躯の厚みがあった。
ギルバートは王女を右腕で抱き込みかばうようにしながら、左の手指で衣装の袖に隠した投げ針を確認する。この針には痺れ薬を仕込んである。男たちの体の大きさに効く本数を頭の中で算段しながら、指の合間に用意する。同時に、旅商人のたっぷりとした裾の中では、左足の靴の踵に隠している小刀の刃を足先をひねりながら外側にだしておく。
「その女もおいておけっ」
いけすかない声が響き内心舌打ちしたが、ギルバートは王女をかばいながら、男の怒号に一見怯えているかのようにみせて身体をかがめた。
足音の気配から、強盗は目の前の二人のみ。
仲間がいるとして、馬車から離れた距離で待機か様子を伺っているかだろう。
「おっ、なかなか綺麗な髪をした女じゃねぇか」
小柄なギルバートと王女をあざ笑うような下卑た声をあげて、男達が粗暴な腕を伸ばしてきた――その瞬間、ぐっと王女を抱えたままギルバートは男の腕の下をかいくぐり、左足を振り上げた。
「グェェッ」
一人目。
ギルバートの振り上げた左足から放たれた小刀が脇にささるのと同時に肘の攻撃をみぞおちにくらった男は膝を折った。その瞬間、ギルバートは痺れ薬を仕込んだ針一本、首に刺す。
と、同時に二人目に同様の針を一気に三本飛ばす。
「ヒュグッ」と息をつめる男の気配。
こめかみと喉、耳にささる針。
二人の巨体の男が突然の攻撃に動きを失った一瞬を逃さず、ギルバートは王女を腕で引き寄せて抱え、壊された馬車の扉から飛び出た。出る瞬間、敵の目をくらませるためランプを蹴り上げ灯を消していく。
鍛錬してきた目は、闇でも形を捉える。
腕にかばう王女は少し怯えているようだったが、気丈にも呼吸の乱れはあまりない。王女の無事を目で確認してから周囲をうかがった。馬車内で仕留めた男二人以外に敵の気配はなさそうだった。
「うっ……」
傾く馬車の横で這うようにしている御者をみとめ、駆け寄った。馬車を引いていたはずの馬は、この騒ぎで手綱がはずれたのか残念ながら逃げてしまったようだった。
御者の状態を確認すると手首と足首を縛られていた。ギルバートは片手で衣装の腕の部分に仕込ませていたダガーを引き抜き縛りを切った。また猿轡の後ろの結び目も切りおとす。
御者はやっとまともに息ができたのか、空気をかきあつめるようにして全身で息をしている。はあはあと繰り返す御者の足は、助けを呼びにいかせないためか切りつけられていた。
動いたため血が流れたのか、鉄錆の匂いが漂う。
「怪我……」
それまでギルバートの腕の中で縮こまっていた王女が小さくつぶやいた。
「ギルバート、手当をさせて」
思わぬ言葉が腕の中で響く。驚いてギルバートは抱き寄せたままの王女を見た。ギルバートの腕のなかで顔を上げる王女と眼差しとかちあった。
「この方の足、血を止めなければ」
「あなたが?」
「私は医療院で働いていたのです」
「しかし……」
「ぐずぐずしている暇はありません。応急手当はまず最初の一手の速さが重要です。ギルバートはあの男達が攻撃してないか、仲間がいないかを確認してください」
王女はきっぱりと言い切ると同時に、ギルバートの腕を押し返すようにして抜け出し、御者に駆け寄っていく。呆然と見送ると、王女はすぐさまギルバートを振り返った。
「小さな灯りを用意できますか? それとお水が欲しいのです! たしか水筒がありましたよね?」
王女のてきぱきとした動きにギルバートは頷くしかなかった。
盗賊は馬車を襲って来た二人の行動のようだった。林の近くに彼らが乗ってきたらしい馬が木につながれているのを発見し、そこに掛けられている荷物から縄をとりだし、ギルバートは痺れで動けない二人を縛り上げた。
日が落ちており、おそらく帰りが遅い王女とギルバートの捜索がすでに始まっているはずだと予想して、ギルバートは助けを求めに街に戻るよりも、こちらで御者の手当を待つことにする。
ギルバートも傷の手当の心得はもちろんあるが、王女のお手並みは目を見張るものだった。
小さなランプの頼りない灯りの下であるというのに、手際よく御者の怪我の血をぬぐい、止血用のハンカチを当てる。
そうして出血が少し落ち着いたのを見計らい、王女は突如、自分のブラウスの袖部分をひき裂いた。
「なにをっ!?」
ギルバートが焦って声をかけるのもかまわず、王女は破った袖を繊維の方向にどんどん裂いたかと思うとひも状にしてしまい、それをつかって少しの弛みもなく傷ついた御者の足を巻きあげた。
……包帯だったのか……。
あまりに手際がよく、迷いがなく手をうごかしていくので、ギルバートが自分がまとう布を差し出す暇もなかった。
さらに御者が強盗から乱暴をうけたときに片腕も痛めているのをみとめると、ショールを器用に三角に折りたたみ、腕を固定するようにくくりつけたのだった。
ギルバートは王女の手元を照らしてその手さばきを見つめ、王女が医療院で働いたという三年の月日を想った。孤児院から学び舎に通っただけで、王女には医療を専門とする師について学ぶ時間も金銭的な余裕もなかったはずである。医療院で手伝いながら身につけていったのだろう。
「この固定で少しは痛みが軽くなると良いのですが……」
王女の言葉に御者は「ありがとうございます」と何度も繰り返す。手当によっていくらか痛みが軽くなったらしかった。それでも御者の顔色は悪い。王女はハンカチで御者の顔についた泥汚れを拭った。そのハンカチを持つ手の袖の部分は先ほど簡易包帯にしたため、裂いた部分の糸がちらちらとゆれている。ブラウスの下にももう一枚身に着けていたようで腕の素肌を晒していないことだけはほっとする。
けれど、破れたドレスを見ているのはしのびなくて、ギルバートは自分がまとう旅衣装の肩から胴を巻いている部分をはずして王女の肩にかけた。
「……これを」
「ありがとう」
王女がギルバートの気づかいに笑みを見せた。王女はその布で肩から腕を隠すように自らの身体に巻く。
ちょうどその時、灯りを持つギルバートの耳は聞きなれた蹄の音を捉えた。
馬の蹄の音と共に、独特の金属音が微かになっている。それは馬具についた金具の飾りがかちあう音で、ギルバートは近衛隊の鞍の飾りだと聞き分けた。
帰りが遅い王女たちを探していたのであろう近衛隊の馬の音。
「助がもうすぐこちらに到着するようです」
ギルバートが王女に告げると、王女がほっとしたように微笑んだ。
「よかった。止血したとはいえ、はやく消毒と薬を施したほうが良いので」
助けが来たと告げても、その喜びと安心はあくまで他人のためにつなげている王女に、ギルバートはなんともいえない気持ちを抱いた。
人のために心を砕くことが身にしみついているのだろう。
ほんの少し前までは自分の腕の中で守られてくれていたのにと、ギルバートは少しもどかしい想いを抱えた。
けれどふいに、こうして御者を堂々と手当できる王女も毅然としていて美しいなと思った。他者の汚れを拭うために握るハンカチーフ。他者のために裂くブラウスの袖。
王女が王女らしくあって欲しいと願うのと同時に、孤児院育ちのアンジェリカも大切にしたいという矛盾のような気持ちが生まれる。
今までの生まれ育ちを否定することなく王城で暮らす王女を守ることができたら……。
綺麗ごとのような想い抱いて、ギルバートはそんな自分に驚いた。
けれども、それが今のギルバートの純粋な願いだった。
御者に綺麗な水を飲ませているうちに、だんだんと規則正しい蹄の音が近づいてくる。
鍛錬を重ねた騎士の蹄の音だ。二頭の馬。
耳でとらえる手綱さばき気配からして、ランドとネイトだろう。
ギルバートはそっと王女を守るようにして傍に立ち、近衛隊の先輩の到着を待ったのだった。
予想通り現れたのは騎士隊の制服姿のランドとネイトだった。到着して状況を見遣り、段取りよく早速盗賊を検分し、御者の状況も確認する。
二人はギルバートや王女の身体の怪我の有無などを最低限たずねたものの、二人に話しかけることはなかった。
旅装束に着替えているギルバートは騎士隊としての動きをすることなく、あくまで王女の隣にひかえつつ、身分をあかさずにいる。御者や捉えた盗賊もいることから王女もまた先ほどから一切自分の身分を明かすようなことは言わない。それにあわせて、近衛隊の騎士のランドとネイトの二人も、ギルバートと王女の身分が判明しないように極力言葉を控えていたのだった。
静かに検分作業だけが進み、盗賊はランドが警備団を呼び引き渡し、同時に御者は医療院へと運ばれた後、ようやくランドとネイト、ギルバートと王女の四人になった。
「アンジェリカ様、この度は怖い想いをされたことでしょう」
ランドが王女に労わるように話しかけた。
その声に王女は申し訳なさそうに眉を下げた。ギルバートが先ほど肩にかけた布をぎゅっと握り締めている。
「私が味わった怖さは自業自得です。それよりも……私のお忍びのせいで、多大な迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません」
「盗賊らは、あなたが王女とわかって襲ったわけでもありません。お忍びのせいではありませんよ」
ランドの返事に、王女は小さく首を振った。
「……孤児院の退出が遅くなって日が暮れてしまいました。危険を増やしたのは私の責任です」
王女の言葉に、次はランドは是とも否定も言わなかった。ただランドは王女の背後に従うギルバートに目を遣った。
その視線をギルバートは真っ向から受けとめる。無言のままだが、ランドはギルバートの警護の采配――日が暮れる前に王女を城に戻すように誘導しなかったこと――を指摘しているのがギルバートにはわかった。
だがここでギルバートの責をあげつらねても、王女はギルバートを庇い始めてしまうのが目に見えたのだろう。この件についてランドは深追いせず、ただ指示をした。
「ギルバートは私と馬を同乗しろ。その旅商人の装束でたった一人ふらふら歩いていると、また変なのに目をつけられる」
「はい」
ギルバートの返事を確認後、ランドは再び王女の方を向いた。
「……アンジェリカ様、少し窮屈かとは思いますが、こちらのネイト共に馬にお乗りください。王城にお連れ致します。ネイトはゼノ殿下の警護もよく担当している者です」
ランドが隣に立つ近衛隊の中でも屈強な体躯をもつネイトを紹介する。
王女が一瞬戸惑ったようにランドを見て、そしてギルバートを振り返った。
若草色の瞳がほんのわずかに不安げに揺れる。
それはギルバートと離れることを不安に思っているようにも、ネイトというあまり知らない騎士と馬に乗ることに怯えているようにも見えた。王女が何に不安を覚えているのか、正確なことはギルバートにもわからない。
ただ、不安を感じているのは伝わったので、ギルバートは安心させるようにそっと目尻をゆるめ微笑みを王女におくる。
「……大丈夫です。ネイトは私の先輩です。私も後ほど城に戻ります」
もの言いたげな瞳が一度瞬きをしたが、ギルバートの言葉を聞いて王女は少し安心したのか小さく頷いた。王女は何も言葉は発さずにギルバードに背を向けネイトの方に向き直った。
ネイトに、
「では……お願いいたします」
とかける声がギルバートの耳に届いた。王女の背にゆれる蜂蜜色の髪の毛先が、明かりにほのかに照らされている。淡い光。
ギルバートの見つめる先で、ネイトが「失礼いたします」と王女に声をかけてから、身体をかがめる。
ネイトの腕が王女の腰にまわるのが見えた。ギルバートは自身の身体にぐっと力がはいるのを自覚した。
蜂蜜色の髪が風になびいたかとおもうと、あっというまにすっぽりと近衛騎士の制服の向こう側へと隠れてしまった。
こうして身体が大きく肩幅も腕も体躯もすべてが屈強な男ネイトは、軽々と王女を横抱きにして王女の頭を自分の胸板にもたれかかるように仕向けると、そのまま王女の腰を片手で抱え空いた方の手で馬の手綱を取り、そのまま騎乗の人ととなった。
ネイトはランドとギルバートにあいさつすると、先に王女を連れてゆくため王城へと去っていった。
一連のネイトの動作をつぶさに見届けたギルバートは、旅商人の相続の布の下で目を伏せた。
立ち尽くすギルバートの横にランドが並ぶようにたった。
「さすがネイトだな。王女様が片腕にすっぽりとはまっちまう」
「……」
「ギル、今おまえ、パナーニャジュース飲もうと考えただろ」
余計な一言に青筋が立ったが、ギルバートは無言に徹した。
言い返してこない後輩にランドはちょっと肩をすくめた。
「ほら、俺たちも行くぞ。野郎同士の相乗りなんて重いだけで馬を疲れさせるから普段はしないんだからな。ありがたく思え。それから今日の報告、正確に話せ」
なぐさめなのか、からかいなのか、読めない先輩の呼びかけだったが、今のギルバートには今日の報告という作業に頭を切り替えるように仕向けてもらったことがありがたかった。




