これまで続いた天使と引きこもりの生活
瞼越しに透き通る光が眩しく目が覚める。
「起きましたか?おはようございます」
少し遠いところでフィエルの声がする。
窓は大きく開いていて、そこから流れ出る暖かい風がカーテンをなびかせている。
声が遠いのはベランダに居るからだろう。
空を眺めているフィエルの黄緑色の長髪と翼が、カーテンと共になびいている。
「おはようございます。珍しいですね、いつもは俺が起こしているのに」
いつものように雑談をする。だがフィエルから返事は返ってこなかった。
「フィエル……?」
「……少し、こっちに来てくれますか?」
太陽に照らされたフィエルのニンブスは光と同化し、微かに見える程度だった。ニンブスはもう光っていないと言っても過言ではなかった。
「どうしたんですか?」
嫌な予感がする。そう思っても疑問は口にしない。昨日の事もあるからだ。
迂闊に聞かない方がいい、そう考えていたからだ。
フィエルの横に行き、ベランダのフェンスを掴み、共に暖かい風に靡かれる。
少しの沈黙の間が流れる。最初に出会った俺たちなら、この沈黙に気まずく感じていたかもしれない。
だが、今は違う。
その沈黙さえも心地よく感じる。
「……私、天界に帰ろうと思います」
「……え?」
戸惑いの声が溢れる。
天界とはなんの話なのだろうか?
帰るとはどこに?
フィエルには記憶がないはずだ。今の言葉はフィエルのどこから出たのか。
動揺を見抜かれたのか、果たして隠せていなかったのか、察したフィエルは話を続ける。
「私、全部思い出したんです。私……悪い天使だったんです!」
俺に喋る隙も与えず、フィエルは淡々と語り続ける。
「最初、人間さんに教えてもらったパソコンで色々調べたんです。でも何も分からなくて、神話を見てもニンブスなんて物もなくて、私が知ってる天使とは大きく違ったんです」
「だから私の過去は気にしないようにしようと思ってたんです」
「でも、人間さんの日記とお話しを聞いた時、どこか既視感のようなものがあったんです。なんだか苦しくて、悲しくて……」
「夜中悪い夢を見たんです。人間さんは心配して起こしてくれましたよね?……その時、夢で私の過去を見たんです」
フィエルの声は少しずつ震えていく。
どんな話になるのか、薄々察してしまう。きっと良くない話なんだろう。
「私は……どうしようもない天使で、失敗ばかでした。ご主人様に命じられた『人々を助ける』役割を何一つ果たせずにいて……私、そんな自分が嫌で! 誰も助けられない自分が嫌で! 役割を何一つこなせない自分が嫌で! ……禁忌に手を出しちゃったんです」
「結局、禁忌に手を出してまで助けようとした人は、魂ごと消えてしまって……私は追放されて地上に堕ちたんです」
「人間さんのそばにいたらきっとまた迷惑をかけちゃいます」
何ひとつ頭に入らない。結局、フィエルは離れて行ってしまうんだろうか。……そんなの絶対に嫌だ
「……嫌だ、いなくならないでほしい! お前が悪い天使かなんてどうでもいい! 俺は……お前が居たから変わり始めていた! 」
たった数日の出来事。敬語だって外れていないし、まだ互いのことを何ひとつ知らない。
でも俺は、そんな関係がとても居心地が良くて、ずっと一緒に居たかった。ただそれだけの話。
「むしろ……ダメなのは俺だ。フィエルに、誰かに助けられてばかりで、それなのに俺は何もする事できなかった……」
涙が溢れ出る。鼻水だって出ているかもしれない。
今世界で1番醜い顔かもしれない。でもそんな事が考えられなくなるぐらい、俺は必死にフィエルに縋った。
「……私たち一緒だったのかもしれませんね」
フィエルは俺の両手を手に取り握り、微笑む。
「人間さんに救われ、救った私と、私に救われ、救った人間さん。」
再び沈黙が流れる…
結局留まるかどうかの返事は返ってこなかった。
「……なぁフィエル」
「なんですか?」
「俺は、天国を見れるのかな……ずっと夢見てた。こんな地獄の日々から抜け出して、幸せになりたいって」
フィエルはもう一度両手を握る。
「見れますよきっと……見れなくても私が連れて行ってあげます! それが禁忌を使おうが、なんだろうが……私は悪い天使ですから!」
その瞬間、フィエルのニンブスの光が消える。
フィエルにとってこれが何を意味しているのかは分からない。
でもそれはきっといい兆しな気がする。そんな予感がするんだ




