ここから続いた天使と男の生活
床に座り込み泣きじゃくるフィエルのそばに寄り、背中を優しく撫で、呼吸が落ち着くのを待つ。
「ひぐっ……ありがとう……っ、ございます」
頬に残った涙の跡を拭い、何度も何度も肺いっぱいに空気を吸い込み、深く息を吐き、呼吸を整える。
フィエルの前に体を寄せ、目線を合わせる。
「大丈夫ですよ……さっきも言いましたけど、役に立ちたいは悪いことじゃないはずです」
「わたしっ……これからっどうしたらいいんです、か? どうしたらっ! 人間さんに……恩返しがっ!」
俺の胸元に寄りかかり服をギュッと掴み、縋るように嘆きながら答えを求める。
だが俺は答えに導いてあげることはできない。
でも答えを一緒に探すことはできる。
「なら、一緒にやればいいんです。俺もわからないことは沢山あります。だからこそ、わからないなり一緒にやりましょうよ」
静かに頷くフィエル。きっとこれが精一杯の同意なんだろう。
「さっ! ご飯にしましょう!」
――――――――――――
「何か食べたいものありますか? 出前、取ろうと思っているんですけど」
「どんな食べ物があるか……わからないので、教えてくれませんか?」
「ほら、見てください。寿司、ピザ、サラダ、焼肉弁当、色々ありますよ」
フィエルと共にパソコンの前に座り、デリバリーサイトを眺める。
そこには色とりどりの料理がずらりと並べられている。
「えーと……えーと、こっ! これにします!」
そう言い、指を指したのは、少し高級な鮮やかなちらし寿司。
少し高いが……まぁいい! 金ならまだたんまりとある!
金額に意識を逸らし、鮮やかなちらし寿司にトッピングをさらに乗せ、華やかなちらし寿司へと進化させる。
――――――――――――
――ピンボーン
玄関からベルの音が聞こえる。
扉を開けて外を確認する。そこには誰もおらず、静寂と夜空が広がっていた。
廊下を確認すると2つの丸く広がった袋が置き配されていた。
「届きましたよー!」
袋を上に掲げまるで大魚を取ったかの如く見せびらかす。
「これが、ちらしずし? ですか! 真っ白ですね!」
部屋に戻りながら他愛のない雑談をする。そうこれはきっと雑談……まさかネットスーパーで買い物した時に見たはずの袋をちらし寿司と間違えることはないだろう!
部屋の床に座り込み、袋を広げ、中身を出す。
丸く平べったいプラ皿に入ったちらし寿司、プラスチックのスプーン、よく見かける個包装のおしぼり。
三種類のセットをフィエルにまとめて渡す。
「スプーンの使い方、わかりますか?」
「わかります! 本当ですよ! スプーンをこうっ! 握って〜こう!」
個包装からまだ出ていないスプーンを握り、スプーンを使う動作をする。
まぁ……不慣れっぽいが……大丈夫でしょう。
2人はちらし寿司の蓋を外し、スプーンをゆっくりと差し込みすくいあげる。
ほんのり茶色く色付いた酢飯にテリッテリに輝いているイクラと脂の乗った中トロ。
「「いただきます」」
待ちきれない、と言わんばかりに両手も合わせずに口に頬張る。
「ん〜! 美味しい〜」
まるでアニメを見ているかの如く、お手本のようにほっぺが落ちるフィエル。
「ほほっ……これは、なかなか美味しいですね!!」
口ではなかなかとほざくが内心美味しくて仕方がない。
出てこない語彙力を評論家気取りで誤魔化しているのだ。
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あっという間に華やかなちらし寿司は、豪華な装飾をしたプラスチックの皿になってしまう。
フィエルはまだ物足りなさそうな顔をし、プラスチックの皿をじっと眺めている。
「そんなに美味しかったですか?」
「はい! とてつもなく美味しかったです! 私もいつかこんな料理が作れるんですかね……」
「作れますよ、このちらし寿司を作った人も最初から上手いわけではないです。みんな練習を重ねていいものを作り上げているんです」
なんて、自分でも理解できやしない誰かの格言を言う。
「そうですね……あの!私、もっと色んなこと知って、いろんなことを学びたいです!」
だがフィエルには響いてくれたようだ。
「そうですねぇ……ならパソコンを使ってみたらどうですか?」
「パソコンって勉強できるんですか?」
キョトンとした顔で問いかけてくる。
「そうですよ、ほらこっちに来てください」
フィエルをパソコンの目の前に座らせ、指導役としてその真横に俺が座る。
「まずこれはキーボードって言って……」
ここから数十分のマンツーマンの指導が始まる。いや数十分で終われば奇跡みたいなものかもしれない。フィエルなら数時間は平気でかかるかもしれない……
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「ここがこうで……そうです、そうです!」
想定外だ……まさかここまで飲み込みが早いなんて!
まだ10分も経っていないぞ!
あまりの飲み込みの速さにもしかしたら記憶を失う前の言語がローマ字なのではないか、なんて疑ってしまうほどだ。
「ふふーん! 人間さん!もう1人で出来そうです!」
子が成長し、独り立ちする親の気持ちとはこういうことだったのか。先ほどまで見ていたポンコツフィエルが嘘のように思えてしまう。
「なら、あとは好きにしていいですよ。寝る準備してきますね」
黄ばんだ敷布団と、今朝フィエルに被せたシルクのような布を横に並べて床に引く。
今の時期は夏、布団を被らなくても大丈夫な季節だ。
「そろそろ寝ますよー!」
フィエルに寝る準備ができたことを合図する。
ふとフィエルに目をやると、パソコンとにらめっこをしていた。
何かわからないことがあったのか、そう思いパソコンを覗き込むと、そこに写っていたのはトップページだった。
「何に悩んでいるんですか……」
少し呆れたような声で聞く。
「むむむ……何を調べたらいいかわからなくて」
「なら、わからないことがあった時に調べるといいかもしれません」
「確かに、そうですね!」
フィエルは布に寝転びそのまま瞼を閉じる。
「私はもう寝ますー……おやすみなさい」
「おやすみなさい」
フィエルは失敗を恐れず徐々に変わっていく。
俺も変わることに期待するのではなく、何か一歩踏み出してみるのもいいのかもしれない。
部屋の端の方に置いてある少し埃の被った日記帳を取り出し、机に広げる。
日記自体は昔からよく書いていて、これで三冊目になる。
どこまで書いたかを確認するため、ページをパラパラとめくる。
最後に書かれていたのは数か月前。
ちょうど俺が就職して数週間後ぐらいだ。
ははっ……
会社で起きた嫌なことが脳裏に思い浮かんでいく。
どうしようもないやるせなさが湧き出てくる。
誰も悪くない、その優しさが自分自身を苦しめる鎖となっていた。
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当時の俺は就活に困ることなんてなく、面接を受けた会社は全て受かっていた。別に俺自身の能力が高いわけじゃない。ただ、初対面の人だけうまく喋れてしまい期待値を上げ過ぎてしまった。
そしてそれに応えようとして潰れてしまった。
ただそれだけの話だ。
……よし! 前からじゃなくて後ろから書こう!
日記の後ろから一枚目をめくり、そこから書き込んでいく。
日付を書き、今日あった出来事を書いていく。
どれだけ省略しようが、あまりにも濃い1日に日記帳から文字があふれ出そうになる。
明日も良い1日になりますように




