ここからわかり合う天使と男の生活
悍ましいほどに汚れているキッチンの掃除を始める。
俺は皿洗い担当、そしてフィエルは洗った食器を片付ける担当だ。
昔に買った洗剤を使い食器を洗う。
汚れは頑固でどれだけスポンジで擦ろうが取れない。
ある程度見切りをつけよう……何度擦っても取れないのはゴミへ、それを繰り返すうちにお皿は2つほど、コップも2つほどになってしまった。
「洗えましたかー!」
早く片付けたくてうずうずしているフィエルに何と言えばいいだろうか?あんなにあった食器がまさか4つほどになっているなんて……
端に寄せていた物を、整理していたフィエルがこちらにやってくる。そして俺の背中越しにシンクを覗き込む
「はっ……!」
驚いた顔をしながら口をパクパクさせ、こちらを見ている。
「山盛りの、食器……まさか! 片付けちゃったんですか!?」
「そんなわけないでしょう……捨てたんですよ。汚れ、落ちなかったんです。」
「ぶー、なら仕方がないですね〜」
まるでおもちゃを取られた子供のように拗ねる。
「じゃあ、これ持っていきますね!」
4つの食器を両手で抱えて片付けに行く。
まぁ片付けると言っても端っこに置くだけだが……まぁいいか、フィエルは何だか嬉しそうだし。
次はシンクの掃除だ。この数ヶ月にわたってこびりついた汚れをスポンジで擦り落とす。
何度も何度も強くスポンジを擦り大方の汚れは落ちてくれたが、やはり少し残ってしまった。なんとか落とそうと必死に擦り続けているとだんだんと泡が膨らみシンクを覆い尽くす程までになってしまった。
食器を置き暇を持て余していたフィエルがシンクを覗き込む。
「人間さん! 人間さん! 掃除、終わりましたか? ……って! なんですか、それ!?」
「見ての通り泡です」
「それはっ! わかります! でもそんなに泡立つほど掃除しなくても……」
「擦り続けてたんですけど、なかなか落ちなくて……」
「なら諦めた方が……」
確かに、フィエルの言い分もごもっともだ。
なんせ使っている洗剤はただの中性洗剤、むしろここまで掃除できたことで十分だろう。
「そうですね……続きは明日にしましょうか。さ、次は材料を買いましょう」
泡だらけのシンクを洗い流しながら次の予定について話し合う。
「わぁ……! どこで買います? スーパー? コンビニ? 八百屋? 市場? それとも」
目を輝かせながら、まるで子供みたいにはしゃぐフィエルの言葉を遮る
「外に出てはいけないからここにいるんでしょう……」
「じゃ、じゃあどうするんですか!?」
まるで怒られた後の犬のような表情をしている。忙しい子だ……
「ふふっ、それはネットスーパーです!」
「なんと! ネットスーパー! ……とは?」
コンビニやスーパーなどは知っていてネットスーパーは知らないのか……? フィエルの覚えている記憶が曖昧すぎる……
流し終えたシンクから離れパソコンの前に座り、フィエルを隣に座らせる
「えっと……通販ってわかります?」
「?」
コテンと首を傾げる。
「じゃ、じゃあ宅配!」
「宅配……! それはわかります!」
なんと曖昧な……思わず泣いてしまいそうだ。
パソコンに手を伸ばし、ネットスーパーのサイトを開く。
一覧に映る野菜や調味料などの材料たちをフィエルに見せる。
「どうですか? 何か欲しい物はありますか?」
パソコンに身を乗り出しながら再び目をキラキラと輝かせ指を差す
「すごいー! えっと! これと、これと、あとこれとー……」
大量の材料を選んだフィエルは満足したようで、キッチンに行き、首を傾げながら、あーだこーだとぶつぶつ呟きながら料理の準備をしている。
正直な話あまりにも乱雑すぎる材料選びに、料理の想像ができない。本当に食べられるものが出来るのだろうか……
――ピンポーン
玄関のベルが鳴り響く。
初めて聞く音に驚くフィエルをよそに荷物を取りに行く。
玄関の扉を少し開け、そこから顔と腕を少し出し荷物を受け取る手続きをする。
「こんばんは!」
「あ、こんにちは……」
「すいません、こちらにサインと〜……」
ペンとサイン用紙を受け取り記入していく。
荷物にサインをしている間、配達員がずっと俺を見ているような気がする。
今、この人には俺ははどう見えているのだろうか……どうせ興味ないんだろうな、どうせすぐに忘れてしまうんだろうな、でも……怖い、なぜか怖くて仕方がない。
俺は少しずつ普通の人間に戻っていっているんじゃないかと考えていた。
だが現実は無情に、未だ変わらずしょうもないことに囚われ、前を向くことすらできない自分がいる。
ネガティブな感情が心の中に渦巻き、手が震え冷や汗が滲み出てくる。
心臓が激しく脈を打ち、相手にも聞こえているような気がする。
「材料まだですかー!」
その瞬間キッチンの方からハープのように美しい声がした。
そこでハッとした。
今やるべきことは何なのかを……フィエルを待たせていけない。
「すいません……ありがとうございます……」
荷物を受け取り素早く扉を閉める。
別に何もなかったんだ、そう自分に言い聞かせ、早足でフィエルに駆け寄る。
「遅くなりました……」
材料が入っている袋をフィエルに渡す。
袋の中を覗き込みながらあーだこーだ言い真剣な顔をし、考え事をしている。
「じゃあ、俺は机で待っていますね」
フィエルはどこからともなく見つけ出した輪ゴムで髪の毛をくくり、気合いを入れる
「はい! お任せください!」
――――――
しばらく待っているとお皿いっぱいに、なんの料理か判別できないような黒い物体を運んできた。
「こ、これは……」
「あ、あー……わからないですけど人間さんが食べたら美味しいかもしれません! もしかしたら天使とは味覚が違うかもしれませんし!」
つまり、味見をしたが不味かったと……まぁいい、とりあえず一口だ、一口だけ食べてみよう。
「ん゛っ……!?」
ゴリゴリと硬い食感、味はしょっぱく、甘く、酸っぱく、苦い、複数の味が脳にダイレクトに響き拒否反応を起こす。
これは……正直に言うべきだろうか、でも正直に言うことでフィエルを傷つけてしまったら?
だがこれは食べ続けられる味ではない。どうしたものか……
どうするべきか、と悩んでいるとフィエルが突然謝りだす。
「ご、ごめんなさい、本当は料理できるかどうかわからなくて……ずっと、ずっと迷惑かけてたので、せめて……恩返し、しようとっ」
「私……私、天使だから、人間を助けなくちゃ、いけないのに!」
フィエルの涙が少しずつ、頬を伝い落ちていく。
もしかしたら彼女は俺が想像するよりも優しく、だからこそ苦しんでしまっている子なのかもしれない。
そんなフィエルの気持ちに少し共感してしまう。
俺は、周りのためになりたいと、出来もしないことをまるで出来るように振る舞い、無理やり横に並ぼうとしたせいで結局引きこもってしまった。
「大丈夫ですよ……怒っていません。」
フィエルの背中をさすり慰める。
「やってみることはきっと悪いことではないです。だから、ほら、落ち着いて」
「うっ、ぅ……ごめんなさい……ありがとうございます……」
何とかしてフィエルの元気を取り戻さなければ……
そうだ、出前を取ろう。ゆっくり食事でもして……俺たちはもう少しゆっくり話し合うべきだ。




