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奇跡の先に君がいた  作者: 朝凪 紡


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6/7

思いがけない朝

「え……」

ハムオを見る。

ノートを見る。

もう一度、ハムオを見る。

「えぇ……?」

理解できないはずなのに——

恐怖も嫌悪も、湧いてこなかった。


驚いてはいる。

混乱もしている。

それでも、胸の奥はどこか温かい。

「ハムオ……え、これ……書いた、よね?」

ハムオは静かに私を見つめ、頷くように一度だけ頭を下げた。


「………………うん、どゆこと?」

小学生でも理解できる文章。

今の私には、一番理解できなかった。


もはや笑うしかない。

「ひとまず、ありがと。私もハムオが大好きだよ」

考えることを放棄した。

先程まで、訳も分からず泣いていた私だ。

限界は来ている。

ただ、じーんと嬉しい気持ちだけを噛みしめることにした。


私は、ハムオの前へそっと手を差し出す。

慣れたように手のひらへ乗ってきたハムオを口元まで持ち上げ、小さな背中へ優しく口づけを落とした。

「おかげで元気になったよ。本当に、ありがとね」

ハムオは気持ちよさそうに、鼻を上げる。

その姿を見るだけで、心が鎮まる。


私はノートを閉じると、明日の仕事の段取りを軽く確認し、布団へ潜り込む。

さっきまで胸を締めつけていた苦しさは、もうどこにもなかった。

「おやすみ、ハムオ」

そう呟くと、ほどなくして眠りへ落ちていった。


***


♪~~~~~

いつも通り、アラームが部屋に鳴り響く。

目を開ける。

今日は珍しく、すっと目が覚めた。

(昨日、思い切り泣いたからかな)

そんなことを思いながら、いつものように枕元へ視線を向ける。


「……ん?」

心臓が、どくん、と大きく脈打った。

そこにいるはずのハムオが、いなかった。


その代わりに——


会いたいと、何度も思った。

だけど、もう二度と会えないと思っていた人。

(まだ、起きてないのね…通りですっきり目覚めたと思った)

現実逃避気味にそう思って、もう一度布団へ身を預ける。

体勢を整え、目を閉じようとした、その時だった。


「もう起きなよ」

大好きだった声が聞こえた。

「……え?」

反射的にそちらを見る。

「え」

声の主もまた、戸惑ったようにこちらを見返していた。

「え、聞こえてんの?」

「聞こえてるけど……え? なんで?」

"ここにいるの?"

そう聞こうと口を開きかけたが、彼の動きによって飲み込まれた。


彼は布団の中から手を出し、不思議そうに自分の手のひらを見つめた。

「あ、戻ってる」

「いや、冷静すぎるでしょ、なんでいんの?!」

私は、ベッドから飛び起きる。

そこにいたのは、緒方 一颯。

「とりあえず、服貸してくんない?」

「あ、そうね……わかった」


混乱した頭のままクローゼットを開け、適当に服を引っ張り出す。

「はい。これサイズ大きいから、たぶん入ると思うよ」

「さんきゅ」

服を受け取った一颯と、目が合う。

「……なに?」

「いや、見られてると着替えらんないんだけど」

「あ」

あまりにも信じられない現実に、目が離せなかったのだ。

「それはそう!ごめん、外居るから、終わったら呼んで」

慌てて部屋を飛び出し、扉を閉める。

閉まった扉を背に、私は立ち尽くした。

頬をつねってみる。

「…いたい」

どうやら、現実らしい。


ガチャ——

「終わったよ」

「あ、うん」

その声に、そっと部屋へ入る。

着替えを終えた一颯は、まるで何事もなかったかのように立っていた。

「それで、どういうこと?」

「説明はするんだけど、時間大丈夫?」

「あ…」

慌ててスマホを見る。

時刻は、五時十五分

「大丈夫じゃない!え、準備するから、ちょっと外にいてくれる?」

そう言うと、一颯は少しだけ首を傾げた。

「毎日見てたけど」

ぴたり、と動きが止まる。

彼の口元には、ほんの少しだけ意地悪な笑みが浮かんでいた。

一気に顔へ熱が集まる。

「~~~!だとしても出てて!」

恥ずかしさをごまかすように背中を押し、半ば強引に部屋の外へ追い出した。

扉を閉め、大きく息を吐く。

(今はそんなことより仕事!遅れちゃう…!)


慌ただしく身支度を済ませ、部屋を出る。

一颯は、ドアの横の壁にもたれ、静かに待っていた。

「どうするの?部屋にいる?」

「そうだね。鍵、一つしかないでしょ」

その一言に、小さく頷く。


どこかへ置いてきたはずの恋心は、会えただけで、こんなにもあっさり戻ってきてしまうのかと、高ぶる気持ちが、なんだか悔しい。

「おっけ。部屋にあるもの食べていいから、今日も多分、十時過ぎになると思う」

「…水、飲むんだよ」

胸が、ふわりと浮き上がる。

空へ舞い上がってしまいそうなくらい、嬉しかった。

一秒でも多く見ていたくて、見上げた一颯は、まだ何か、言いたげな表情をしている。

「?」

けれど結局、その言葉が紡がれることはなかった。

「ありがと、じゃあね」

「うん」

私は玄関の扉を開け、仕事へ向かった。

(あ、おはようっていうの忘れてた…)


***


開いたままの玄関の扉から、詩乃が駆けていく後ろ姿を見送る。

「……」

姿が見えなくなると、小さく息を吐いた。

(俺が告ったこと、忘れてるな)

彼の表情は、変わらない。


まぁ、無理もない。

昨夜までハムスターだったのに、朝になったら人間がいたんだ。

そのことで頭いっぱいになるのは当然だ。

(こんなに早く受け入れられるのは、羽柴さんくらいだろ)


もう一度、彼女の後ろ姿を見る。

仕事へ向かう足取りは、さっきまであたふたしていたとは思えないほど、迷いがなかった。

何があっても、まず仕事。

そんな変わらないところが、なんだか微笑ましくて口元が一瞬、緩む。

(おとなしく待っとくか)

一颯は、扉を閉めた。

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