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奇跡の先に君がいた  作者: 朝凪 紡


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7/7

奇跡

恋の力とは、恐ろしい。


今日の私は、自分でも驚くくらい仕事が捗っていた。

普段ならへとへとになって、効率が下がってしまう仕込みも、気づけば予定より三十分も早く終わっている。


「……好きすぎでしょ」

自分で自分に呆れる。

仕事に集中しようと考えないようにしていても、逸る気持ちは抑えきれなかったらしい。

退勤した途端、頭の中は、彼でいっぱいになった。


ガチャ…——

震える手で、ゆっくりと扉を開ける。

(疲れすぎて見た、願望かもだから……)

期待と不安が入り混じる胸を押さえながら、部屋へ足を踏み入れた。


「お疲れ」

聞き慣れた声に、心臓がどくん、と大きく跳ねる。

部屋の奥では、一颯が椅子に腰掛け、本を読んでいた。

こちらへ、顔を向ける。

何の違和感もなく。

その姿を見た瞬間、朝から何度も疑っていた気持ちが、消えていく。


夢じゃない。

本当に、彼がここにいる。


「……お疲れ」

返事をするのが精一杯だった。

どうすればいいのかわからず、視線を逸らす。

聞きたいことは山ほどあるのに、どの言葉から口にすればいいのか、まったくわからなかった。


そんな私を見て、一颯はふっと笑う。

「明日は休みなんでしょ?ゆっくり寝る準備してきなよ」

「あ、うん」

そう返事をして、私はそそくさと寝支度を始めた。


(……一個だけ言わせて)

(なんでそんな自然にできんの?!え?こっわ、なにあいつ…)

ぬるめのシャワーを浴びながら、熱くなった顔を冷ます。

けれど、落ち着こうとすればするほど、朝の出来事が頭を巡ってしまう。

結局、心臓は最後まで、静かになってはくれなかった。


支度を終え、ベッドに腰を下ろす。

一颯も本を閉じ、こちらへ向き直った。

「まぁ、気づいたらハムスターになってて。戻んないし、なんとなく新幹線乗って、なんとなくここに来たら、羽柴さんがいたって感じ」

何の前ぶりもなく、始まって終わった説明。

「うん。すごい話だし、すっごい簡潔だね」

真顔で返す。

聞いてる感じ、彼自身も、何が何だかわかっていないのだろう。

「戻れてよかったね」

「うん」

部屋に沈黙が落ちる。


何を話したらいいかわからない。


どうにか話題を探していると、ふと大事なことを思い出した。

「てか、今日どうやって寝る?」

私の部屋には、ベッドが一つしかない。

「あ~…というか、昨日俺が言ったこと覚えてる?」

「言ったこと?」

昨日の記憶を辿る。

(めっちゃ泣いたよね…)

「あ、え?え、」

思い出した瞬間、顔が熱くなる。

一颯も少しだけ照れくさそうに、仄かに頬を赤く染めていた。


「え、でも私、振られてるよね?」

「振った覚えはないけど」

「はぁ?あ、ごめん思わず本音が…」

「ひどいわ~」

わざとらしく肩を落とし、首を垂れる一颯。

(この感じ、マジで…)

良くも悪くも気まずい話になると、すぐ茶化して誤魔化す。

昔から変わらない、彼の癖だ。

「いやいや、『友達って感じかな』って言ってたじゃん」

「どう思ってるか聞かれたから、答えただけ」

「え?恋愛対象じゃないってことじゃないの?」

「……あの時は、何とも言えなかったんだよね」

「なんそれ」

全身から力が抜ける。

散々悩んでいた時間は、一体なんだったのだろう。

(まぁ、勝手に悩んでただけではあるけれども…!!)

いつも通り、自分でツッコミを入れつつ、目をぎゅっと瞑った。


「……今は、好きだよ」


一颯はそっぽを向きながら、そう言った。

予想外の言葉に、彼の顔を見つめたまま、思考が止まる。


何をどうしたらいいか、わからない。

そんな日が来るなんて、思ってもいなかった。

嬉しい。

嬉しすぎる。

今すぐ飛びついてしまいたいくらいに。


「何か、言ってくんない?」

固まった私の顔を、彼が覗き込む。

「あ、ごめん。ありがと……えっと、その、じゃあ恋人になってくれる……ってこと?」

目尻が熱い。

涙が滲んでくる。

「…まぁ」

その短い返事で十分だった。

無理なことは、無理だとはっきり言う人だ。

だからこそ、その曖昧な返事が、何よりも確かな答えだった。

張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる。

「え」

気づけば、音もなく涙が頬を伝っていた。

「え、そんなに?」

どこか困ったように、それでもいつもの調子で笑う。

「そんなにだよ…ぉ…」

「泣くなって。……って言っても、無理か」

「うっ…」

ハムオだった頃。

彼は、私が誰にも見せられない顔まで、ずっと見ていたのだ。

泣き虫なことも、もうばれている。

全部、知っているのだ。


彼は下を向いたままの私の頬へ、そっと両手を添えた。

「……う?」

自動的に、顔を上げさせられる。

涙が溜まった目のまま彼を見ると、一颯は少し照れくさそうに笑った。

「てことで、一緒に寝ようか」

「え?」

あまりにも自然だった。


一颯はそのままベッドへ入り、当たり前のように布団をかぶる。

「え、待って無理だって」

涙はすっかり、引っ込んだ。

「なんでよ、今更じゃん」

平然と言うくせに、耳だけは真っ赤だ。

(可愛いかよ…)

「それに…これからずっと一緒でしょ」

「っ!?今なんて?!」

聞き捨てならない発言に、勢いよく身を乗り出す私。

一颯は、天井から目を離さない。

「もう、はよ寝なさい」

そう言って、掛け布団を大きく持ち上げる。

「え、ちょっ……」

次の瞬間、ふわりと布団が私ごと包み込んだ。

「わっ!」

そのまま布団越しにぐいっと引き寄せられ、勢いのままベッドへ倒れ込む。

「ちょ、ちょっと!」

もがいている間に、掛け布団はすっぽり私を包み込み、一颯が隣へ横になる。

「はい、おやすみ」

一颯は布団を軽く整えながら、呟いた。

「……おやすみ」

そう返すしか、もう、できなかった。


そうして私の積年の願いは。

奇跡という形で、私のもとへ帰ってきてくれた。


Anothe story:”奇跡の先で知った君”

一颯sideも、よろしくお願いいたします。

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