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奇跡の先に君がいた  作者: 朝凪 紡


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4/7

言葉になった夜

あれから一週間——

私の日常に、一つの癒しが加わっていた。

「ハムオ~行ってくるね」

そう声をかけると、ハムオは眠そうに目を数ミリだけ開け、小さく返事をする。

(今日も可愛い)


ペットショップから帰ったあの日。

この子が雄だと分かってから、いろんな名前を考えた。

けれど、最終的に落ち着いたのは『ハムオ』だった。

本人はどこか不服そうな顔でこちらを見ていたけれど、私の中では、ハムオ以外の候補はすべて塵と化していた。


(それにしても、ハムオ……本当に人間の言葉がわかってるみたいだし、なんだか動きも人間っぽいよね……)

この一週間、いろいろなことがあった。

私が家を空ける時はケージに入れているけれど、帰ってくると決まって扉の前でじっとこちらを見つめている。

だから今では、帰宅すると真っ先に外へ出してあげるのが日課になっていた。

試しにそのまま様子を見た日もあった。

けれどハムオは、何度見ても扉の前から動こうとしなかった。

(出さないと、夜も、寝ないしね)

苦笑しながら、さらに思い返す。

本来なら夜行性のはずなのに、ハムオは夜になると私と一緒に眠り、朝になると起きて活動している。

体は大丈夫なのかな、と心配になって病院にも相談してみたけれど、特に異常はないらしい。

本人の意思があまりにも固く、結局その生活を続けている。

それに、私の枕元じゃないと寝る気もないようで。

意思表示がはっきりしすぎていて、良いのか悪いのか、正直よくわからない。


他にも、不思議なことはまだある。

私が仕事でくたくたになって帰宅すると、決まって頬をぺちぺち叩いてくれる。

(慰めてくれてるんだろうな)

寝坊しそうな日には、私の顔の上に乗って、ぴょんぴょん跳ねて起こしてくれる。

(全力で起こそうとしてくれてるんだろうな)

本当に、小さな同居人が増えたみたいだ。

(癒やしだし、しっかりしてるし……なんだかファンタジーな出来事にあったみたい)


それにハムオは、野菜や果物はよく食べるのに、市販のハムスター用フードはあまり口にしない。

そのことも、相談してみたけれど、体重に変化はなく、元気だから、もう少し様子を見てみましょうとのことだった。

(痩せこけないといいんだけど……)

ハムオのことを気にしながらも、私は、仕事を始めた。


帰宅後——

私は、一週間前と変わらないトーク画面を眺めていた。

画面に表示されているのは、緒方 一颯。

「……」

ため息をつき、そのままベッドへ突っ伏す。

すると、ハムオがとことこと近寄ってきて、私とスマホの間へ割り込むように座った。

「どうしたの?」

問いかけると、ハムオは、スマホへ視線を向ける。


「…返信がね、来ないんだよね~」

返信どころか、既読すらついていない。

ハムオが静かにこちらを見つめている。

なぜだろうか。

私は、そのままぽつりぽつりと話し始めた。

「転職して二か月目くらいまではね、返信が来ないことも割とあったの。その頃は、三日とか一週間くらい経っても返ってこなかったら、『無事かっ!?』みたいな感じで送ってたんだけどね」

少し前のことを思い出し、また苦笑する。

「あのまま何も送らずに終わろうとも思ったんだけど……振られてたしね。でも、その時の私は、それが嫌でね」

自分でも困っちゃうよ、と笑ってみせる。

「最近は、私が送りすぎてて、多分彼も、流れ作業のように返信してくれてたんだろうけど…また、忙しいのかな……」

最後の言葉は、少しだけ震えていた。


何度も言い聞かせてきた。

大丈夫。

もう何も期待しない。

そもそも彼は、私のことをどうとも思っていない。

私から送らなければ、彼からメッセージが来ることなんてない。

そんなこと、とっくにわかってる。

それでも、私が彼とちょっとでも話してたい、つながっていたいから。

だから、会えなくてもいい。

返信が遅くてもいい。

待つ間がしんどいなら、彼が返しやすい時間帯付近で返信をしよう。

忙しいなら、それでいい。

重ね続けた思考と、予防線。

一度出てしまった感情は、抑えようとしても溢れて止まなかった。

「……けど…声にすると、思ったより……きついね」

ぽつりとこぼれた最後の一言。

今まで、誰にも話さなかった。

話してもなにも変わらないから。

だからこそ、言葉になった瞬間、その重さを初めて思い知った。


ハムオが、そっと私の頬へすり寄ってきた。

ふわりと木くずの香りが鼻をくすぐる。

温かい温度。

「励ましてくれてるの?」

自然と、口元が緩む。

「ありがとね。でも、本当に大丈夫なんだよ」

ハムオの背中を、指先でなでる。

「望んだ結果がなくても、自分が好きになっちゃったものは、どうしようもないって思ってた。でもね、騙し騙し過ごしてたら、不思議と本当にその通りに、なっていっちゃうんだよね」

それは、これまでの自分の心情の変化が、何よりの証拠となっていた。

「だから、しょうがないんだよ。一人じゃ始められないことだから。あとは、私の中で少しずつ消化していくだけ」

強がっているつもりはなかった。

悲観しているつもりもない。

ただ、荒れ狂う感情をどう受け止めればいいのか。

何度も考えて、何度も迷って。

ようやく辿り着いた、今の私なりの結末だった。


「さて…もう寝ようか。涙がこぼれる前に」

ハムオをそっと枕元へ移し、部屋の明かりを消す。

「おやすみ、ハムオ」

力を込めて声を発し、目を閉じた。


閉じた瞼の奥から溢れたものは、静かに頬を伝い、枕へと染み込んでいった。

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