迎え支度
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アラームが鳴る。
「ん……」
まだ覚めきらない意識のまま、手探りでスマホをつかみ、アラームを止めた。
「はぁ……」
(まだ、眠たい…)
そう思いながら、反対側へ寝返りを打つ。
そのとき、普段はない気配を感じて目を開けた。
すると、ハムスターが、じっとこちらを見つめている。
「おぉ…おはよぉ」
声をかけると、ハムスターは枕をよじ登り、私の目の前まで来た。
そして、小さな手で私の頬をぺし、ぺし、と叩いた。
「うぅ……まだあと十五分寝ても大丈夫なの…」
そう言いながら、私はハムスターを両手で包み込み、枕元へ戻す。
ハムスターは顎を布団にちょこんとのせたまま、じっと私を見つめ続けていた。
十五分後——
再びアラームが鳴る。
今度は起きないと、そろそろ遅刻だ。
大きく伸びをしながら、肺いっぱいに空気を吸い込む。
ふぅっと吐き出して、目を開ける。
「行きますか~」
意気込んで、勢い任せに起き上がる。
「ん?ちょっと待って」
スマホ画面に表示された日付を見る。
「今日休みじゃん…」
完全に忘れていた。
「でももう起きちゃったな」
時刻は、五時半。
ホテルキッチン勤務の朝は、早い。
遅くても六時には仕事が始まる。
その生活を続けているせいか、休みの日でも、アラームが鳴れば、出勤という感覚が抜けない。
(うん、無理してでも寝よう)
十時にアラームを設定し直し、私はもう一度布団を頭までかぶった。
約四時間後——
今度は、自然と目が覚めた。
スマホを見ると、九時五十三分。
アラームは、まだ鳴っていない。
「もういっか」
布団をめくり、ゆっくりと体を起こす。
ハムスターのほうを見ると、まだ気持ちよさそうに眠っていた。
私はアラームの予約を解除し、できる限り音を立てないよう、静かに身支度を始める。
***
そろそろ出発しようかと思ったころ、ハムスターも目を覚まし、小さく伸びをした。
(こんな、リラックスできてるのは、いいことなんだけど……警戒心は何処へ?)
よく今まで無事に生きてこられたな、と少し感心しながら、私はハムスターをそっと両手で掬い上げる。
「じゃあ、出かけようか」
問いかけつつも、強制連行だ。
トウモロコシと蕪の葉を入れたプラスチックの籠へ入れると、私はドアに手をかけた。
調べてみたところ、動物病院はホテルから意外と近くにあり、さらに徒歩十分ほどの場所にはペットショップもあるらしい。
予約も無事に取れた。
「よし」
そうして私は、ホテルをあとにした。
そこからの時間の流れは、とても速かった。
動物病院では、健康診断。
結果は、特に異常なし。
外傷も病気の兆候もなく、先生から「健康ですね」と言われ、胸をなで下ろす。
「それと、この子は男の子ですよ」
「そうなんですね」
(ハム次郎と一緒じゃん)
その事実が、なんだか少しだけ嬉しかった。
同時に、少し戸惑ったこともある。
診察が終わるころになっても、この子はずっと落ち着いたままだったのだ。
普通なら、一刻も早く家に帰して安心させてあげたいと思うところだけど、最初から変わらず穏やかで、どこか安心しているようにも見える。
だから私は、そのまま近くのペットショップへ向かうことにした。
ケージに、回し車。
餌や給水ボトル、床材にトイレ砂。
必要そうなものを一つずつ買い物かごへ入れていく。
この様子だと、部屋の中で自由に過ごさせても大丈夫そうな気がした。
だから、ケージはいらないかもしれないと思ったが、留守番をさせる時や、万が一のことを考え、一つ購入することにした。
気づけば、両手いっぱいになっていた。
「これで、ひとまずはおっけーかな」
そう呟きながら、私はホテルへの帰路についた。
外に出ると、日が少しずつ傾き始めていた。
気になって、スマホを取り出す。
時刻を見るだけのつもりが、私の指は、癖になったようにメッセージアプリを開いていた。
表示されたトーク画面には、
緒方 一颯
の名前。
自分発信で終わっているトーク画面。
「やっぱ、まだか…」
落胆なのか、諦めなのか。
自分でも名前をつけられない感情が、胸をよぎる。
私は、口に力を入れて顔を上げると、また前を向いて歩き始めた。




