初めての夜
仕事が終わると、私は急いで自室へ戻った。
その勢いのまま、ベッドをのぞき込む。
しかし、そこにハムスターの姿はなかった。
(やっぱり、どっか行っちゃった…?)
そうだよね、と冷静に思いながらも焦りが募る。
探そうとベッドから目を離そうとした。
そのとき──
視界の端で、何かが動いた。
反射的にそちらに視線を戻す。
もぞもぞと、何かが動いていることに少し安心する私。
少し待っていると、掛布団の隙間から、ぴょこっとハムスターが顔をのぞかせた。
(もう、何してても可愛いじゃん)
「よかった…」
心の中で思ったことと、口からこぼれた言葉は、まるで噛み合っていなかった。
「寒かったんだね、ごめんね。うちのホテル、温度調整できなくて」
弱に設定した冷房でも、ハムスターには寒かったのだろう。
それでも、暑さで熱中症になるよりは、その方がいいと判断したのだ。
「お腹空いた?厨房に蕪の葉っぱがあったから、お願いしてもらってきたんだ」
差し出すと、ハムスターは鼻をひくひくと動かしながら近づいてくる。
そして、小さな口で少しずつ葉っぱをかじり始めた。
「まずは、病院に連れて行かないとね」
雄か雌かもわからない。
どこから来たのかもわからない。
念のため、診てもらっておいて損はないだろう。
ちょうど明日は休みだ。
(ついでに、ペットショップも行こう)
「あっ……」
そこで気付いた。
すべて揃って心置きなく過ごせるのは明日以降。
私は、今晩のことを忘れていた。
「どうやって寝よう?というか、どこ走り回ろう?」
そう呟くと、ハムスターが布団から出てきて、てくてくと歩き始める。
どこへ行くのか見守っていると、私の枕元までやって来て、そのまま伏せるように体を丸め、目を閉じた。
「えぇ、そこで寝るってこと?」
ハムスターは一度だけ目を開けると、頷くようにもう一度ゆっくりと目を閉じた。
(本当に言葉、通じてない?)
それならそれで、好都合ではある。
「だけど、私、寝相悪いから、つぶしちゃうかもよ……」
それは冗談ではなく、本気の心配だった。
それでもハムスターは、大丈夫と言いたげにもう一度だけ私を見上げ、安心しきったように目を閉じる。
(まぁ、気を付ければいいか。けど、走らなくても平気なのかな?)
確かにハム次郎も、回し車で走らず、そのまま眠る日もあった。
一日くらいなら、大丈夫だろう。
私は、そう自分に言い聞かせ、それ以上深く考えないことにした。
そうして寝支度を済ませ、ベッドへ入る。
ほどなくして、私は静かな眠りへ落ちていった。
***
詩乃が寝息を立て始めたころ——
小さな体が、そっと彼女の頬へ近づく。
柔らかな鼻先を、そっと頬へ寄せた。
安心したように目を細めると、小さな命は、そのまま彼女の寝顔を静かに見つめ続ける。
その優しい眼差しを知る者は、誰もいなかった。




