第六話 真綿の外へ
「あ、アカネ様、ええと、行きたくないのでしたら、良いんですよ?」
「アカネ様じゃなくて、アカネ。そして行きたいから行くんだよ、レティ」
「戦場の戦士のような顔をしていらっしゃいますよ……」
レティは困ったように私を見た。
「遅いよ。もう街に着いちゃったし、着いちゃった以上は楽しむしかない。でしょ?」
「えぇ、まぁ、そうなんですが……」
レティは諦めたように首を振ると、私の手を掴んだ。
「それでは、行きましょうか」
「うん」
人がほとんどいないその通りから、大通りへ一歩、足を踏み出す。
心臓が早鐘を打っていた。睨めつけるような憎悪の視線に、体は少し震えていた。
通りから出てきた小娘二人を、街を行きかう人々が視界の隅に捉える。二度見するように、私に視線が集まった。
「…………っ」
一瞬息を詰めて、すぐに吐き出す。
すぐに、視線は外れた。何事もなかったように、通りの人々は皆自分の行き先へと歩いてゆく。
「この程度、か……」
人々の態度に、私は少し拍子抜けした。あぁ、そう。多分私は、処刑場のあの視線が、心の奥に染み付いていたのだ。
彼らが一瞬向けた視線は、けして好意的ではなかった。けれど理由もなくぶつかるほど、彼らも暇ではないわけだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。よゆーよゆー」
これぐらいなら、耐えられる。
私はゆっくりと人の流れに乗って歩き出した。嫌悪の色を見せて避ける人が三割、顔をしかめるだけの人が4割、残りは特に反応を見せない。
しばらく通りを歩いていると、可愛らしい小物屋を発見した。レティがそこに目を引かれていたので、私たちはその店に立ち寄り、品揃えを眺める。
「綺麗ですわね……このネックレス、とてもいいデザイン」
「うん、可愛いなぁ。これはいくらなのかな」
二人でアクセサリーを眺めていると、店主らしいふくよかな女性が私に声をかけた。
「嬢ちゃん、もしやコレット家の養女の子じゃないかい?」
突然の言葉に、私は目を瞬かせた。
「黒髪黒目で黄味がかった肌。噂で聞いたんだよ。遠い異国から逃げてきた亡国の姫君だってのに、クロッカス人と間違えられて殺されかけたって。嬢ちゃんじゃないのかい?」
「え、ええと……」
亡国の姫君って何。誰そんな口から出任せ言い始めたの。
「その通りですわ。かの方こそ新しき公爵家のご令嬢、アカネ様ですの」
レティがキリッとした顔でそう言った。彼女の言葉に基本的に嘘はないが、肯定した部分が完璧な嘘だ。
「やっぱりねぇ。肌の色が変わってるからすぐに見分けがついたよ。砂漠を越えてきたんだって?大変だったねぇ。……あぁいや、こんな話し方をしちゃダメだね。申し訳ありませんお姫様」
思わず、こめかみを押さえてしまった。
肌か。そうか肌か。確かに、この世界は白人だらけだから、有色人種はさぞかし珍しかろう。ただ、それが差別に向かわない珍しい国だということは理解した。
となると、クロッカス人はよっぽど憎しみを生むような何かをしたに違いない。
ウェンディさんも性格が悪い。どんな設定になっているのかぐらい教えてくれても良かったのに。
ふっと力が抜けて、無意識の上に緊張していたことを知った。
「あの、奥さん。今私はお忍び中なんです。ですから、お姫様はやめてくれませんか?」
私の言葉に店主の女性は吹き出した。
「お忍び中って……あんた、それならまず髪と肌をマントかなんかで隠しておきな。その格好でお忍びも何もないよ。なんせあんたはここ最近の噂の的……って、あぁ、またあんたなんて呼んじまったね……」
「気にしないでください」
私は苦笑した。
とりあえず、私とクロッカス人の区別は、どうやら瞳の色と肌の色で判別されているらしかった。この世界に来たばかりの、地下牢に捕まっていた頃は、どうも薄暗いところにばかり連行されていたため、黒髪ばかりが目立ったらしい。
今はその情報が入っただけで十分だ。少なくとも、少しは安全な行動が取れる。
「無礼な態度のお詫びと言っちゃなんだが、そのネックレスを安くしておいてあげるよ。好きな色はあるかい?」
「いいんですか!?これ、相場よりも随分とお安いようですが……」
レティが食いついた。値札を眺めると、ここ最近覚えた文字で「銅十」と書かれている。
「銅十って、銅貨十枚って事?」
「えぇ、そうです。銅貨二十枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚ですわ。大体、装身具の類は銀一枚からだと思っていたのですが……」
小首をかしげるレティに、店主はカラカラと笑った。
「そりゃ、公爵家で取り扱うような装身具はこんなのとは桁が違うよ。これは天然石を利用した安物だからね。ま、令嬢に売りつけるようなものじゃないねぇこれは。よし、お近づきの印ってことで、タダであげよう」
「え!?」
驚いている私たちをよそに、店主は手際よく小さな紙袋にネックレスを入れる。私には澄んだ水色で、レティには淡いピンクのネックレスだった。
「私はミリアム・プライス。いつもは町外れで「針ねずみ」という仕立て屋を営んでいるんだ。小物づくりは趣味でね、ときどき商品が貯まると出店を出すんだ。ドレスなども承っているから、もしよかったら顔を出しておくれ」
「はい。ぜひ寄らせていただきます。これ、ありがとうございます。大切にします!」
私はぺこりと頭を下げた。そして、柔かな笑顔に見送られ再び人の流れに乗る。
予想せずいい出会いがあるものだ。
浮かれていた私は、向けられていたひときわ強い憎悪の視線に、気付かなかった。




