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美しきこの世界で  作者: 猫柳
第一章  新しい居場所
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第四話  前を向いて

「ごめんなさい、なんか泣いちゃって」


どれぐらい時間が経ったかはわからない。気がつけば太陽が地平線に沈もうとしていた。


その間ずっと後ろに控えていてくれたらしいレティシアは、「気にしないでください」と言って手に持っていたカーディガンを私に渡した。


「さ、風邪を召される前に中に入りましょう」

「うん」


勧められるがままに部屋に入って、そのまま椅子に座らされる。レティシアは部屋から出ていったかと思うと、ポットとティーカップを持って帰ってきた。


「侍女長特製のハーブティーです。どうぞ」

「ありがとう」


ティーカップを手に取ると、湯気とともに爽やかな香りがふんわりと広がった。少し冷まして口をつけると、暖かさがじんわりと染み渡る。


「少し元気になったようですね。よかった」

「ん、そうかな?」

「えぇ。すっきりしたように見えます」


まだほとんど初対面に近いのに、レティシアは鋭い。私は苦笑した。


実際、一度泣いたことで私はそこそこすっきりしていた。どうしても割り切れずに疼いていた部分が静まったのだった。無論、まだ完全に割り切れたわけではない。それでも、前を向くことはできた。


「レティシア」

「レティでいいですよ、アカネ様」

「それじゃレティ。これから、本当にお世話になります」


使用人に頭を下げてはいけない、と言われた以上、頭は下げない。けれど目で誠意を伝える。


「こちらこそ、精一杯仕えさせていただきます。よろしくお願いしますね、アカネ様」


ニッコリと笑う彼女は、やはり可愛い。



これが、この世界で初めて出来た親友との出会いだった。





日が落ちてしまったので、屋敷を案内してもらうのは後回しになった。本当に迷惑をかけて申し訳ない。


夕食は私の歓迎を兼ねて、ということでちょっとしたパーティのような立食形式だった。黒髪であることに軽蔑などを受けるのでは、と思っていたのだが、肩すかしを喰らう。


「ついにご主人様にも娘ができたんですねッ!着飾り要素がッ!癒しがッ!」

「アカネ様、スイーツはいかがですか?私自慢のケーキでございます」

「お可愛らしいですわぁ……よしよし」

「…………」


近くでおいおいと泣き出されたり、大量にスイーツを貢がれたり、愛玩動物よろしく撫でられたり。

うぅん、どこから突っ込もう。


「おいおい、あまり彼女を怖がらせないでくれ。固まっているじゃないか」


ウェンディさんが軽く静止を入れてくれるが、どうもこの様子を楽しんでいるようでもあった。


「私の屋敷の使用人たちはどうだね?皆気の良い者ばかりだろう。まぁ、少しばかり陽気すぎるが」

「そうですね。ここまで歓迎されるとは思ってませんでした」


私が苦笑すると、「家族が増えたんだ、そりゃ喜ぶさ」とウェンディさんが笑った。


「私はね、使用人も養子も、皆家族だと思っている。多分使用人たちもね。だから、家族が増えることは喜ばしいことだ。君も楽しみなさい」

「はい」


それだけ言うと、ウェンディさんは他の使用人たちに声をかけに行ってしまった。武人のはずなのに、彼は本当にまめで人がいいと思う。


「家族、か……」


ポツリと呟いた言葉は、果実水の入ったグラスに吸い込まれた。



「アカネ様、お疲れのようでしたらそろそろ切り上げましょうか」


他の侍女達とわいわい騒いでいたレティが私のところに戻ってきて、そう言う。


「え、でも、抜けちゃって大丈夫?」

「あとは酒飲みばかりで夜中まで盛り上がりますもの。私たちは早々に切り上げてしまいましょう。湯殿の準備が出来ていますから」

「へぇ、お風呂あるんだ」

「はい。今日は湯浴みをしましたらゆっくりお休みくださいませ」


そう言って、レティは私の腕を引く。彼女に連れられるまま屋敷の中を歩き、やがて湯殿にたどり着いた。


大浴場かプールかというようなサイズの湯殿にも、もう驚かない。常識はそろそろ捨てなければならないということを私は理解した。


「それでは、着替えはここに。私もお手伝いさせていただきますね」

「いや、大丈夫だよ。というか、一緒に入ろうよ。どうせだし」


へ、とレティは素っ頓狂な声を出した。


「いえ、私は使用人ですので……」

「ここのお風呂広すぎて寂しいし、ね、入ろうよ。あ、でも後で怒られるとか言うなら無理にとは言わないけど」


しばらく迷っていたレティだったが、しばらくしてため息をついた。


「とても嬉しい申し出なのですが、使用人である以上、ご主人様がまだ入っていない湯に先に入ることは許されませんわ。残念ながら」

「そっか……変なこと言い出してごめんね」


可愛い女の子となら、大歓迎だったのだが。レティはちょっと苦笑いすると、「私はお手伝いだけで十分です」と言った。


「や、一人で入れるからいいよ」

「ご主人様から怪我をしていると伺っております。その手では湯を扱うのは難しいのでは?」


まじまじと自分の手を見る。そういえば、爪を何枚かはがしているんだった。今更思い出して痛みが走る。


「……よろしくお願いします」

「お任せくださいませ。怪我が完治しましたら、ぜひ湯船にもつかってくださいませ。とても気持ちがいいのですよ」

「うん、期待してる」


そう笑って、私は自分の服に手をかけた。王宮で一応服を着替えて体を布で拭かせてもらったが、まだ少々気持ちが悪い。


「うふふ……体の隅々まで磨き込んで差し上げますわ。覚悟してくださいませ」


不吉な言葉は、聞かなかったことにした。

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