第三話 新しい家
「う、わ……」
大きな馬車に乗せられて、やってきたのは無駄に大きい屋敷だった。
まるで映画の中のようだ。
「でかい……」
「どうだどうだ、私の自慢の屋敷さ。とはいえ、本邸のほうがでかいがね」
ニコニコと笑いながら、ウェンディさんは私を屋敷へと案内した。
公園のような広々とした庭と、これまたホテル並みの大きさの屋敷。これが個人のものだと思うと開いた口がふさがらない。
さらに大きいという本邸は、ウィンディさんの弟が使っているらしい。独り身の私にはいささかでかすぎるからね、とウィンディさんは言っていた。
扉をくぐって玄関ホールに入ると、ずらりと並んだ人々にびっくりした。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
一瞬メイド喫茶を思い出したのは私だけだろうか。
使用人達の視線が私に突き刺さるのを感じ、少したじろく。
「先ほど連絡した、新しい家族だ。名前はアカネ。今日からここで暮らすことになる。皆、彼女のことを頼んだよ」
「よろしくお願いします」
私は使用人に向けて頭を下げた。すると、空気が固まる。
……あれ。おかしいな。
「アカネ、貴族は使用人には頭を下げないものなんだよ」
ウェンディさんが苦笑する。そういえば、そういうものだったなぁ、と今更ながら私は思い出した。
「とりあえず、君の部屋が用意できるまでは客室を使ってくれ。世話は……レティ、任せられるか?」
三十人ほど並んでいた使用人の中から、一人の侍女が出てくる。毛先に少しウェーブのかかった柔らかい茶色の髪をヘッドセットで押さえた、可愛らしい少女だった。
「はい。……レティシア・リースと申します。以後よろしくお願いします、アカネ様」
ぺこりと頭を下げると、「お部屋に案内いたします」と言って彼女は歩き出した。
「部屋を見て、そのあとはレティに案内してもらうといい」
「はい」
私は言われたとおり、レティシアと呼ばれた侍女の後を追って歩き出した。
「アカネ様が来ていただけて私も嬉しいですわ。このお屋敷はご主人様一人ということもあって、ご主人様が独立して以来付き従っている古参の方が多いんです。ですから、同年代の人っていなくて」
「へぇ、そうなんだ。ここにはどういった縁で?」
「母もまたこの屋敷の使用人だったのですわ。あ、ここがアカネ様の部屋になります」
とても楽しそうに喋るレティシアは、私とほとんど年齢が変わらないように見えた。背が低いのも原因かもしれない。彼女はひとつの扉の前で足を止めると、ドアノブに手をかけた。
「うわぁ……」
南向きに作られているらしいその部屋は、窓から光をたっぷりと取り込んで明るかった。全体的に落ち着いた調度品だが、どことなく高級感を感じるのは、ウェンディさんの気質を表しているようだった。彼は趣味がいい。
「ぜひベランダに出てくださいませ。この部屋は日当たりだけでなく景色もいいのです」
言われたとおり窓を開いてベランダに出ると、爽やかな風が駆け抜けていく。
屋敷の外は、馬車で駆け抜けてきた森が広がっていた。屋敷は高台に建っていて、そこから大きな街が広がるのを、見下ろすことができる。
街の右手に、堂々とそびえる城があった。あそこが私の飛ばされた場所だろう。
ちょうど太陽が傾き始めているところだった。オレンジ色に照らし出された街、青から赤へ、ゆっくりとグラデーションを描く空。
何かが胸の奥からこみ上げてきた。熱いものが、ゆっくりと溢れて、こぼれ落ちる。
「あ、アカネ様……っ」
すぐ後ろでおろおろするレティシアの気配を感じたが、彼女はそれ以上は何も言わなかった。そろそろと後ろに下がる気配がした。
手すりに顔をうずめて、私は声を押し殺す。
この美しくて、元の世界とそっくりな空の下に、私の愛した世界はない。
偶然の産物で出来たという召喚術。釣り上げること自体が奇跡なら、その釣った場所に戻すような技術が、存在しているわけがない。
一晩の夢なら良かった。痛みも、恐怖も、すべて悪夢なら。
「……帰りたい」
異世界への幻想なんて、もう微塵もない。こんな世界に何も期待してない。
それでも私はこの世界で生きなければいけない。
今まで考えてきた将来像も、未来も、全てリセットだ。なんの標もない白紙の地図の上に立たされた。
今までに人生に絶望していたなら、それもまだいいだろう。でも私は、平凡でもいい、その描いた道のりを歩むつもりでいたのに。
心は割り切ってる。これ以上泣こうと喚こうと何も変わらないのだと。でも、感情は未練がましく涙を流した。
すべての悲しみを押し流し、洗い出すように。




