第二話 従兄兼王太子
壮年の男性の名前はウェンディ・コレット。爵位は公爵であるらしい。公爵とはどれぐらい偉いのか分からなかったが、貴族であることは変わりないようだった。
正式に彼女の養子になるという返事に、ウィンディさんはとても嬉しそうな顔をして、意気揚々と国王陛下に許可を取りに行った。変なものだ。この世界で厭われる容姿を持つ厄介者でしかない養子をもらったというのに、なぜ喜べるのか。
青年――ルーカスさんも、証拠揃えて神殿の方の高官たちを一掃してやると息巻いて出て行った。あの人も神殿所属ではなかったのか。二人が出て行ったことによって、私は部屋にひとり残される。
出歩いてみようか、と思ったものの、迷子になるのは嫌だったし、爪の剥がれた指が痛んだ。これ以上下手を打って痛い目に遭うことだけは避けたかった。
指一本一本に巻いた包帯は、少しゴワゴワする。そういえばまだぼさぼさだな、と髪を手櫛で梳ってみたが、包帯のせいでなんだかうまくまとまらなかった。
「……なんでこんなことになっちゃったんだか」
嫌いな世界。帰りたい。できることなら、これが夢であればいい。
突然、部屋の扉がノックされた。
「……っ」
ウィンディさんが帰ってきたのだろうか。それにしては早すぎる。
反応できずにいると、扉が恐る恐る、といった様子で開いた。
顔を出したのは、見たことのない銀色の髪の青年だった。17、8の、アメジスト色の瞳をした青年。
青年は、私を見てホッとしたような顔をした。
「部屋を間違えてはいなかったかな。よかった、返事がないから間違えたかと思った」
「あ、の……どなた様、で?」
青年の瞳に憎悪などの暗い感情がないことに、少し安心する。私が問うと、青年はあぁ、と笑みを浮かべた。
「僕は王太子、ライナス。父上より君の話し相手になるように言われたんだ。よろしく」
「は、はぁ……仙道茜です。よろしくお願い、します」
王太子。というと王子か。王子という人に対してはどう話したらいいのだろう。よくライトノベルではタメ口で王族と話す無謀な主人公などを見かけるが、あれをやるのはさすがにまずいだろう。
と、思ったのだが、少年は苦笑した。
「敬語はいいよ。僕も君も同じ子供じゃないか。あ、君、歳は?」
「はぁ、十三です」
子供には見えないのだが、この世界では成人が遅いのだろうか。そう思っていると、青年のニッコリスマイル。
「そっか、一歳違いか。僕は今年十四なんだ」
「えっ」
十四。たったの一歳違い。
私は青年……いや少年をまじまじ見てしまった。彼は西洋人らしい彫りの深い顔立ちをしていて、のっぺり顔の日本人からは顔だけでは年齢を推し量れない。
「それにしても、知っているかい?僕の母上はコレット公爵の妹なんだ。だから君がコレット公爵の養子になるってことは、僕の従妹になることにもなる。で、ちょっと興味が出て、話してみたくなったんだ」
にこにこと彼が笑うので、私ははぁ、と気の抜けた返事をした。
私の返事を、彼は何か別の意味にとったらしい。眉を八の字に曲げて、少し済まなそうな顔をする。
「……ごめん。怖かったよね、あれ」
あれ、とはさっきの処刑未遂のことだろう。私はなんとも言えずに沈黙を返した。
「話したくないようなら、いいんだ。ごめんね押しかけちゃって。僕、帰るよ」
私の口数が少ないのを、話す気分じゃないととったらしい。そそくさと引き上げようとするライナスを、私は慌てて引き止めた。
「ご、ごめん。別に話したくないとかそういうのじゃなくて、ちょっと、混乱してて」
少し心を落ち着かせて、言葉を紡ぐ。
「できれば、この世界のこと、いろいろ教えてくれない?私、何も知らないから」
ライナスはほっとしたようだった。私に向き直ると、にっこりと笑顔を浮かべる。
「いいよ。僕が答えられることなら何でも」
ライナスの言葉に甘えて、私はまず一番気になるところを聞く。
「この世界って、なんで黒髪が嫌われてるわけ……嫌われてるんですか」
うっかり素の口調が出かけて慌てて押し込めた。
「あ、その口調いいな。気楽な感じで。そんな感じで話してくれると僕も気楽でいいな。……うん、実は黒髪が嫌われてるっていうより、クロッカス人っていう黒髪の民族が嫌われているんだ」
ライナスはタメ口ばっちこーい、と笑顔で言ったが、質問に答えるときは笑みを消した。下劣なものを心から忌み嫌うように。
「クロッカス人は迫害された民族だ。彼らは昔からこの辺りに住んでいる原住民だった。けれど、僕らアルシア人が西からやってきて、彼らを迫害した。結果、今彼らは人口の一割も満たない。これからもどんどん減っていくだろう。悲しいことにね」
「ライナスは、彼らを嫌っているわけじゃないんだ」
私は敬語を諦めてライナスに聞いた。
「父上はどうやらお嫌いのようだけどね。皆は口を揃えてクロッカス人は野蛮だ、卑しいなどというけれど、僕には彼らが僕らとどこが違うのかわからない」
一旦言葉を切って、彼は私を見た。
「国内、特に貴族には、クロッカス人を嫌い見下す人が多い。コレット公爵の元なら大丈夫だと思うけど、あまり一人で出歩かないほうがいいよ」
「たしかにそうだね。教えてくれてありがとう」
神妙に肯けば、「お安い御用だよ」と笑った。
茜ちゃんは地は明るくて結構人と打ち解けるタイプ。
最初のショックがあまりにも強すぎて現在は借りてきた猫です。
そのうち元に戻ります。




