第十八話 流される自分
少年は、ニヤリと笑ったまま私を見返していた。
「あれはいじめじゃない。どちらかというとアピールだ。僕という人間がいますっていう、アピール。いじめに見紛うめんどくさい手口をとったのは、君が雇われ者で、その主が私に嫌がらせを行うことを望んだから。違う?」
「なんか僕、君と気が合いそうな気がしてきたなぁ。そこまで分かってるなら、本題に入っていい?」
本題?と私の隣でセレンが首をかしげる。少年はニッコリと頷くと、そのまま、両手を縛られた状態のまま――――土下座した。
「僕を雇ってくだサイ。お願いします。ていうかもう今の主人使い荒すぎるんだよもう最低でさ我が儘過ぎるし最高に尽くし甲斐がないんだよねつまらなすぎて僕涙目」
「えー、やっぱそう来るんだ。私に言われてもなぁ、それ」
なんせうちは養女といっても実際には『お世話になっている』が正しい居候の身。それが勝手に雇用契約なんて結べるわけがないし、私個人が契約を結べるようなお金を持っているわけでもない。
ちらり、とラディウスを覗き見ると、全力で睨み返された。ふざけるなだそうです。
ウォルトとセレンにしても、「うち大してお金無いからパス」との一言。
「……だそうです」
「そんなこと言わないでよおおおおおおお願いだから頼みます!僕役に立つよ!?番犬から護衛、スパイにSMプレイになんでもこなすよ!?」
「今最後に変なの混じってた。え、何お前SMプレイすんの」
「ご命令とあらば」
「しなくてよろしい」
変なところに食いついたウォルトに、胸を張って答える少年。私は少年の頭を叩いてから、小さくため息をついた。
「鞍替えする、露払いぐらいはちゃんと出来るんだよね?」
私の言葉に、すっと少年は真剣な顔になる。
それだけ彼は本気なのだ。
「元からそのつもり。弱みにされるものもないし、向こうが躍起になって追いかけてくる程のものも持ち逃げしてないし。……あ、もしかして相手の情報かなんか欲しい?それなら最後の最後に毟り取ってくるよ。どう?」
「そこまではいらないよ。ウェンディさんに変な迷惑をかけたくないだけ。……うーん、まぁ一応掛け持ってみようかな。雇用関係も全部ウェンディさんが管轄してるから、私の一存ではイエスとは言ってあげられないけど」
「……待った。アカネ、ちょっと来て」
肩を掴まれて、私は一瞬たじろいた。
セレンが私の腕を掴むと、少し離れたところへと移動させた。話し声が聞こえない程度の距離を確認し、セレンが声を潜める。
「アカネは、もう少し深く考えて動くべきよ」
「……何が?」
あのね、とセレンは私の顔を覗き込んだ。鳶色の彼女の瞳に、私の顔が真っ直ぐに映り込む。
「彼は影の人間よ。雇ってからも、多分そういう仕事をすることになるんでしょうね。影の人間ってのは、こう言っちゃなんだけど、あざといわ。下手すると、こちらが噛まれることもある。未熟な影を持つと道連れにされることもある。アカネは来る者拒まずな性格だけど、たまには拒むってことも、すべきだと思う」
私はしばし言葉に迷って、視線を泳がせた。それでも、一応言葉を引っ張り出す。
「彼が有能か、そうじゃないか。信用出来るか出来ないか。そのあたりを見分ける自信は、正直私にはない。だからウィンディさんに任せる。……正直な話、うちの家には校内で動ける駒がいない。だからその意味でも、いるといいと思う。……一応、利害は考えてます」
「……なら、いいんだけどね」
彼女の顔が離れていくのを眺めながら、私は胸元の服を強く握り締めた。
来る者拒まず。―――いや、多分本当は、彼女はこう言いたかったんだ。
―――流されてるんじゃないの、と。
図星だった。自分でも、いろんな場面で、流されてしまっている部分がある気がした。
強い意志をぶつけられると、どうしても、流されそうになる自分がいる。
これじゃ駄目だ。セレンに言われるまでもなく、ちゃんと気をつけなければいけない。この世界で、いつ保護者がいなくなるかわかったものじゃないんだから。
「……気をつけなきゃ、ね」
セレンにも聞こえないような小さな声でそう呟いて、私は少年たちのところに向かって、歩き出した。




