第十六話 仕立て屋『針ねずみ』
「……、……本当に来てくれるとは思ってなかったよ。よく来て下さったねお嬢さん方」
店の扉を潜ってすぐ、入口で客の応対をしていた恰幅の良い女性は、目を丸くして、それだけを絞り出した。
「お久しぶりです、ミリアムさん。えぇと、覚えていらっしゃるでしょうか」
「そりゃもちろん……えぇ、もちろんでございますよ。まさかこんな名も知れない仕立て屋に顔を出していただけるとは……」
「わわわ、普通に喋ってくださいミリアムさん。周りの視線が痛いっ」
分かったよ、とミリアムさんは苦笑して、私たちを丁寧に迎え入れてくれた。
やや奥まったミーティングルームのような部屋に通された私たちは、出されたお茶をすする。
「あ、おいしい……」
「本当はお姫様に出せるような上等なもんじゃないんだけどね。うちにはこれぐらいしかないんだ、勘弁しておくれ」
やけに卑下する態度に、私は眉を下げた。
「やめてください。私は姫じゃないし、元々貴族でもなんでもない、ただの養子なんですから。むしろ『これはどこどこ産の高級茶葉で……』なんて言って出されるお茶の方がよっぽど飲みにくいですよ」
肩をすくめると、ミリアムさんは「変わった子だねぇ」と苦笑する。
「貴族ならそれが普通だろうに。……まぁいいよ。で?このおばさんに何の用だい?」
「あぁ、学園の制服を作っていただきたいんです」
詳しい経緯を説明すると、ミリアムさんはだんだん険しい顔になり、最後には黙り込んでしまった。
「ということで、作っていただきたいんですが……」
あ、もしかして「すぐにズタズタにされるような服なんて作れるか!!」とか言っちゃう?それだと困るなー、なんて考えていると、小さな呟きが、私の耳を打った。
「大変だったね」
レティについた嘘を少し細かく装飾して言っただけなのに、なんでバレるんだろうなぁ。私は嘘をつくの、下手なのかもしれない。
ミリアムさんはすぐに強い笑みを浮かべ、「私に任せな」と胸を張った。
「うちの倉庫にいくつか制服の在庫がある。細かい寸法を合わせれば、今日中に持って帰れるよ。何枚欲しいんだい?」
「一枚はあるので、洗い替え用に最低一枚」
「軽いね。ちょっと待ってておくれ、今持ってくるから」
そう言って、ミリアムさんは部屋を出ていく。残された私達は、のんびりとお茶をすすった。
「よかったですね、すぐに手に入りそうで。王太子殿下に心配をかけるようなことにならなくて本当に良かったですわ」
「うんそうだね……、……?」
何気なく相槌を打って、何かに引っかかる。ちょっと待って。
「なんでライナスの名前が出てくるの?」
「え?ご存知ないのですか?」
きょとん、とレティが目を丸くする。
「てっきり真っ先にアカネ様に連絡を入れているのかと……『同年代の人間と関わることによって多くの知識を得たい』とのことで、数日中に殿下も入学なされるはずなのです。その際にアカネ様が満足に着替えもない、などという状況を知れば、とても心配なさったでしょう」
「え、え?まじで来るの?王太子なのに?」
「元々は王族の見聞を広めるべく作られた施設。王太子殿下はまだ十四、通われてもおかしくない年齢ですわ」
いきなりの情報に、私はポカン、と口を開いた。その様子を見て、レティはしまった、と口を抑える。
「もしかしたら、アカネ様を驚かせるつもりだったのでしょうか。申し訳ありません……」
「……いや、事前に知らなきゃ本気で心臓止まるところだった。はぁ……本当に来るんだ」
ライナスが来ると分かっていたら、もう少しことを小さくしていたのに……。
そんなことを話している間に、ミリアムさんが制服を持って戻ってきた。
「ほら、これでいいかい。ちょっとそこのカーテンの陰で試着してみてくれるかい?」
差し出された制服を受け取り、素早く試着する。
白いシャツに、燕尾色のベスト。上から焦げ茶の上着を着、黒のタイツにチェックのスカートは膝丈。
「おや、ほとんどぴったりだね。どれ……腰周りはもう少し細くしてもいいかな。袖丈も問題なし、と。裾は……少し伸ばすかね。ちょっと待っておくれ、……と」
裾上げしてあった糸を解き、慣れた手つきで長さを調節していく。「脱ぎましょうか」と訊いたものの、脱がなくても縫える、との返事が返ってきた。すごいなぁ。
「……よし。これでいいだろう。どうだい?きついところはないかい?」
軽く体を動かしてみるが、特に不都合なところはない。これならちゃんと動けそうだ。
「大丈夫です。ありがとうございます。……で、お代はいくらぐらいなります?」
私の言葉に差し出された伝票の金額は、予想していたよりもずっと安かった。
「……これ、安すぎません?」
「サービス料金ってのもあるけど、元々は倉庫に埋もれてたものだからね。特急料つけてもこれぐらいさ。安すぎるって思うなら、替えのシャツとタイツもつけてこれぐらいの値段でどうだい?」
「あ、それじゃあそれで。ありがとうございます」
私が頭を下げると、彼女は片目をつぶった。
「いいさ。その代わり、これからも贔屓にしておくれよ」
異常なまでに会話率の高い話。




