第九話 談話
「へー。そんなことがあったんだ。大変だったねぇ」
実に楽しそうな笑顔を浮かべて、ライナスは紅茶を口に含んだ。
現在王宮、王太子の部屋で、私たちはのんびりとお茶をすすっていた。
前回の件でお詫びの手紙を送ったところ、速攻で「許すから話を聞かせろ」という手紙が帰ってきた。その手紙の通りに、今日、彼に事の顛末を話しに来たというわけだ。
「これだから嫌なんだよねぇ、人を見下すことばっか考えてるお貴族って。自分がいつかそういう奴らと渡り合っていかなきゃならないと思うと虫唾が走るよ」
「まったくねぇ」
お茶請けの焼き菓子を一口齧って、ほう、と感嘆。これはおいしい。今度どこで売っているか、どうやったら作れるか聞いておこう。
「それよりも、学園に入学するんだって?」
「あぁうん、そうなんだよ。といっても、多分入学までにはもう少しかかると思うんだけど」
絵本から始まり、文章になれる練習はだんだん進んでいる。現在は、六、七歳の読みそうな本にまでレベルが上がってきている。もう少しすれば普通に読めるようになるだろう。
私がそう話すと、ライナスは冴えない顔をした。
「僕は反対だなぁ。学園って、個人的にあんま環境が良いとは言い難いよ。悪いことは言わない、行かないほうがいいって」
「でも、貴族の子女はみんな通うんでしょ?」
「学園って、社交界の縮尺図ってよく言われるんだけどさ。要するに、とにかくきな臭くてドロッドロしてるとこなの。ウェンディ叔父さんに家庭教師を雇ってもらったほうが絶対良いよ。僕はそう思う」
「ドロッドロ……靴の中に画鋲が、とかあるのかなぁ……」
なんて古典的な嫌がらせ!
と、ついニヤニヤしてしまったらしい。ライナスの少し引いている視線に、私は慌てて口元を引き締めた。
「まぁ、とりあえず引きこもってちゃ何も始まらないし、一応行くつもり。忠告ありがとうね」
「どーいたしまして。まったく、やけに逞しすぎるよアカネは。……また何かあったら、いつでも僕の名前出していいからね。後ろ盾もなにもない状態で放り出すのは危険すぎるよ……」
後ろ盾なら一応ウェンディさんがいるんだけどね、と呟いてから、すね始めたライナスに慌ててお礼を言った。
部屋で一人、書類をめくっていたウェンディは、ノックの音で顔を上げた。
「叔父上、遅くなって申し訳ありません」
扉をくぐって入ってきたのは、甥のルーカスだった。
くすんだ長い金の髪を一つにくくって後ろに流し、銀縁の眼鏡の奥には切れ長の青い瞳がある。整った眉の間には、現在深いシワが刻まれていた。
「どうだ、そっちのほうは」
「まずまずですね。俺の方はあんま仕事に影響はありませんが、危ない研究とかやってたメンバーは動きにくくて仕方ないって言ってますよ。それより」
ぐいっとメガネのブリッジを押し上げて、数段低い声で問う。
「アカネを学園に入れるって、本気ですか」
「あぁ、本気だとも」
にやりと笑うウェンディに、ルーカスの視線がさらに険しくなる。
「俺は反対です。というか、駄目です。危険すぎる」
「ああ見えてあの子は逞しい子だよ。この前も街で会った令嬢を逃げ帰らせたらしい」
「俺が心配してるのはアカネ自体のことじゃないですよ。――闘技場でのこと、忘れたんですかッ!?」
バンッ、と机にルーカスの拳が振り下ろされた。睨めつけるような視線を叔父に送りながら、ルーカスはさらに言葉を続ける。
「あの時、あいつは言ったでしょう。次はないと。次、彼女が追い詰められたら、この国は本気で滅びますよ!?」
「大丈夫さ。あの子は優しい子だ。そんな危険なことはしない」
「叔父上」
なお咎めるようなルーカスの声を、ウェンディが手で制す。
「真綿で包んで、宝箱の中で大事に大事に育てるのは簡単だ。けれどね、もし宝箱が開いてしまったらどうする?宝箱という殻にすべてを任せていた種子は、いともたやすく割れてしまうだろう。丈夫な殻を持つ種子を育てるには、あえて厳しい寒さの中に晒す必要がある。私はそう思うんだが、どうだね、ルーカス」
ルーカスは口をつぐんだ。しばらくの沈黙の後、「申し訳ありませんでした」とだけ言う。
「彼女は強い子だ。けれど、人は一人で立つことはできない。ルーカス、お前も、あの子の支えとなってあげてくれ」
「……わかってますよ。大切な従妹ですから」
ぶすくれた声でそう言いながらも、ルーカスは、脳裏に焼き付いたあの映像がちらつくのを感じていた。
次話から学園編に入ります。




