グラナド辺境伯領 1、
「・・・ふう。生き返る。大きなお風呂にお湯もたっぷりで、とっても快適・・なのだけれど。着替え、どうしましょう」
セグロラ侯爵家が、自分を受け入れないことを確信していたため、身軽に出発したカシルダだが、今、そのことで大いに悩んでいた。
悩むその場所は、花々が美しく咲き誇るグラナド辺境伯領都、本邸の風呂。
カシルダに貸し与えられた部屋にある専用の風呂なので、体や髪を洗ってもらった後は、呼ばない限り誰も入ってこない、自分だけのまほろば、なのだが、この後の着替えが大問題。
道中は、ドレスでなく乗馬服を着ていたので、その着替えを優先した結果、ドレスらしいドレスというものが無い。
いや、あるにはあったのだが、それは先ほどまで着ていたセグロラ侯爵家訪問用・・というより、カシルダとしては、グラナド辺境伯領、花まつり散策用ドレス。
それを着用したまま戦闘に突入したので、ほつれや汚れが出来てしまい、そのままでは、再び袖を通すことは出来なくなってしまった。
「ドレスは、必要に応じてグラナド辺境伯の領都で買えばいいと、思っていたのよね」
呟き、ちゃぷんとお湯を掬う。
街歩きを楽しみ、花まつりを楽しむのなら、そう豪華なドレスは必要ない。
ついでに、セグロラ侯爵家を訪問するに相応しい格式を備えていれば、一石二鳥。
それならば、他のドレスは辺境の街で、その土地の人々が着ているような物を選ぼう。
そう思っていたのが、完全に裏目に出てしまった。
「まあ、悩んでいても仕方ないわね。無い物は無いんですもの。ひとまず乗馬服を着て、街へ買い物に行きたいと言えばいいのよ」
スレマが居ればよかったのだが、彼女も戦闘後のため、自身を身ぎれいにした方がいいと、使用人用の風呂を使わせてもらっているのだから仕方ない。
他家の、それも初めて訪問する家の侍女に令嬢が言う言葉ではないけれど、その違和にさえ目を瞑ればそれで解決だと、カシルダは、再びゆったりと湯に浸かった。
「アバスカル侯爵令嬢。お湯加減は、いかがでしたか?」
「いい温度でした。気持ちよかったです」
「それは、ようございました。さ、こちらへ」
風呂から上がると、侍女がふたりやって来て、丁寧に体を拭ってくれ、クリームまで塗ってくれる甲斐甲斐しさに、カシルダは、自邸の心地よさを思い出す。
ん?
でも、ちょっと待って。
この先、待っているのはドレスの着付けよね。
そろそろ『私、着替えのドレスが無いのよ』って言わないと。
侍女は、客の荷物を漁るわけにもいかず、かといって着替えのドレスは見当たらずで、悩んでいるかも知れない。
そうは思うものの、仮にも侯爵家の娘なのに、ドレスを一枚しか持って来ていないなど、やはりとても言い難い。
しかし、生家は幾着ものドレスを用意してくれていたのに、持って来ない決断をしたのは自分。
となれば、これはもう自分の責任だと、カシルダは少々強張りつつも思い切って口を開いた。
「あの。わたくし、実はドレスの手持ちがないの。なので一旦、乗馬服を着て、街へ買い物に行けたらと思うのだけれど」
それでも、その強張りは表に出さず、侯爵令嬢として鍛えられた笑みを浮かべて、まったくその声や表情にそぐわない実情を述べれば、侍女ふたりが、にこりと笑う。
「ご心配には及びません。奥様から、ドレスをお預かりしていますので」
「奥様がお若い頃のドレスなので、お若いお嬢様はお嫌かもと、ご心配されていらっしゃいましたが」
「いいえ!嫌がるなど、とんでもございません。辺境伯夫人がお貸しくださるというのなら、喜んでお借りいたします」
へにょりと眉を下げる侍女ふたりに、カシルダは、咄嗟にそう叫んでいた。
途端、侍女ふたりが満面の笑みを浮かべる。
その、表情変化の素早さ、見事さたるや、まるではじめから意図したよう。
ん?
はじめから?
あら?
ありがとうございます。




