ひょんなこと 7、
「はじめまして。アバスカル侯爵家が次女、カシルダでございます」
「まあ、荷馬車で来るなんて」
きちんと礼をしたカシルダに、セグロラ侯爵夫人は、侮蔑の瞳を向けた。
「不躾で申し訳ありません。ですが、長旅には、こちらの方が便利だったものですから」
「ダビドの言った通り、嫌味な女ね。あなた、あの子の手首を打って、剣を落とさせたそうじゃないの」
「野蛮ね」
「野蛮だわ」
にこりと笑って、カシルダが荷馬車の利点を説けば、セグロラ侯爵夫人の隣に並ぶ五人の女性が、一斉に声をあげ始める。
「それに、何その髪の色。ミルクを入れ過ぎた紅茶みたいでみっともない。ああ、アバスカル侯爵夫人が、そんな色だったわね」
「そうですか。おっしゃる通り母と同じ髪色でして。因みに父は、ミルクティ色の髪、と呼んでおります」
大好きな母まで貶され、カシルダは、こめかみがぴくりと反応するのを感じた。
「私達は、金色の髪に緑の瞳ですもの。美しいでしょう?」
鈍い金色に緑の瞳を貴族らしい色と自負するセグロラ侯爵夫人が、ここぞとばかりに見せびらかす。
とはいえ、金色の髪や緑の瞳は、主に隣国に多い色で、つまりは、隣国との混血が行われて来た証でもあるので、個性ではあると思うが、貴族らしいかと言われると、首を傾げるカシルダだった。
「まあ、今度はだんまり?」
「わたくしたちの美しさに、嫉妬しているのよ、きっと」
「野蛮人ですものね」
「ダビド、かわいそう」
「本当にね。手を叩いて、剣を落とさせるなんて。ダビド、痛かったでしょうね」
「あなたのせいで、王家からまでセグロラ侯爵家に抗議文が来たのよ?どう責任を取るの?」
彼女たちの言葉を聞いて、カシルダは、やはりかと確信した。
彼女たちが言うダビドとは、メンヘ子爵子息のことである。
「責任、ですか?あの場で、わたくしがメンヘ子爵子息の剣を叩き落さなかった場合、王女殿下の護衛が、メンヘ子爵子息の腕を切り落していましたが?」
「なんて恐ろしいことを言うの!分かったわ。それを恩に着せて、我が家に嫁入ろうというのね!大方、ダビドに惹かれたゆえに、そのような愚行を」
「お言葉ですが、それはありません。わたくしにも、好みというものがありますので」
言いたいように言わせておくと、解釈したいように解釈されそうなので、カシルダは、きっちり言葉を挟んだ。
「まあ。可愛げの欠片も無い。あなたのような女、エミグディオの妻になど、絶対に認めません!」
「わたくしも」
「わたくしもです」
「わたくしもですわ」
「当然、わたくしも」
「あなたなんて、エミグディオに相応しくないわ!」
セグロラ侯爵夫人が絶叫し、五人の令嬢と思しき女性たちが連呼し終えたところで、カシルダは、確認の言葉をかける。
「それは、この縁組に反対、ということでよろしいでしょうか」
「「「「「「その通りよっ」」」」」」」
流石親子姉妹と言ったところか、青筋を立て、息ぴったりに言った六人を見つめ、カシルダは、すすっと書類を差し出した。
「承知いたしました。それでは、こちらにご署名を。それで、この婚約話は、最初から無かったことになります。あ、ご署名は、侯爵夫人おひとりで大丈夫ですので」
「なに、これ」
背当ての板に乗せられた書類を見て、セグロラ侯爵夫人が怪訝な顔をする。
「こちら、この度の縁組についての書類となっております。双方、納得できなかった場合には、即刻、婚約など無かったことになる旨、記載されております」
「まあ。エミグディオに、自分は相応しくないと、ちゃんと納得しているのではないの。そうよ、エミグディオには、もっと可憐な女の子が似合うの。アダのような」
うっとりと言うセグロラ侯爵夫人に、カシルダは脳内で、セグロラ侯爵家と関係のある貴族家の家系図を展開した。
なるほど、自分の姪を嫁にしたいわけね。
発見したのは、侯爵夫人の生家であるメンヘ子爵家の家系図。
あのダビドの妹が、アダであることを思い出し、カシルダは納得と頷いた。
「アダは、うちの娘たち同様、本当に可愛くて。あなたとは大違いなの。エミグディオも、ダビドに劣らず素晴らしいし。本当。こちらに抗議文を送るなんて、王家もどうかしているわ。ダビドが正しいに決まっているのに。本当に有能で、優秀で、これぞ騎士、それがダビドなのよ」
誰の話かとも思う自慢話を勝手にしながら、セグロラ侯爵夫人は書類に署名をしていく。
一応、侯爵夫人であることから、当主である夫に確認すると言い出すかとも思ったが、自身の不敬にも気づかぬこの様子では杞憂だったと、カシルダは内心で、ほっと息を吐いた。
「この板、便利ね。それに、この筆記具も。立ったまま、ちゃんと署名できたわ」
「ありがとうございます。どちらも、我がアバスカル侯爵家の売れ行き商品ですので、ご入用の際は、商会までどうぞ・・はい、確かに。ご署名、いただきました。それでは、これで失礼いたします」
我がセグロラ侯爵家は、カシルダ・アバスカル侯爵令嬢を嫁とは認めない。
この誓いは、永劫破られないものとする。
その他書類の内容を、碌に読みもしないまま署名した夫人から受け取ったカシルダは、長居無用と、きちんと礼をしてから素早く動いた。
「マリオ!これを、お父様に届けて」
「かしこまりました!」
待機していたマリオは、丁寧にその書類を仕舞うと、ひらりと馬に乗って走り去って行く。
「ちょっ。今日の宿は、どうするの!?嫌だけれど、泊まっていけばいいわ」
「そうよ。仕方ないから、泊めてあげるわよ」
「ご心配、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですので!」
侯爵夫人が焦ったように言い、長女と思しき女性が続き、その後も次々と続きそうになるのを押さえるように、そう言うが早いか、荷馬車の御者台に乗ったカシルダは、開放感に満ちた顔で手綱を取った。
「これから帰るなんて。夜の道中で何があっても、我が家は責任を取りませんからね!」
「承知いたしました!それでは、ごきげんよう!」
ありがとうございます。




