ひょんなこと 6、
「漸く、セグロラ領ね」
王都を出発してから、十日。
今日も今日とて、荷馬車の御者台に侍女のスレマと並んで座るカシルダは、のんびりと街道の立て看板を見た。
「それにしても、ほんっとうに、何もないところですね。お嬢様。畑すら、無いなんて」
「それは、私も驚いたわ。辺境は、一面の畑か山だと聞いていたのだけれど」
見渡す限り、緑さえあまりない平野が続いていると、カシルダは驚愕の声を漏らす。
「本物の辺境はそうでも、その手前の、やや、ほぼ辺境地は、荒地ということですね。お嬢様」
「作物が育ちにくい土地柄だそうで。その影響なのか、セグロラ領は、領都でさえ、店が一件しかないそうです」
荷馬車に並んで馬を駆る護衛のマリオも話に加わり、三人は街道を行く。
「道が整備されているのが、せめてもね」
「それも、辺境へ行くのに必要だから、だそうです。主に使われるのは、グラント辺境領と王都との行き来だとか」
「へえ。やや、ほぼ辺境は、その恩恵を受けているのね。つまりは、おこぼれ」
自分の仕える大事なお嬢様が、王城で酷い目にあった。
その酷いことをした奴の家に、お嬢様が嫁ぐことになった。
侍女の立場とはいえ、納得していないスレマの、セグロラ侯爵家へのあたりは強い。
「ねえ、ねえ、ふたりとも。折角ここまで来たんだもの。セグロラ侯爵家で用事を済ませたら、グラナド辺境伯の領都へ行ってみましょうよ。食料の調達もしたいし、馬もちゃんと休ませてあげたいし、そろそろお風呂も入りたいから」
「あ、それいいですね、お嬢様。御髪も整えませんと」
「オレ、エールが飲みたいです」
セグロラ侯爵家では、拒絶される。
それを疑ってもいないカシルダ達のなかでは、セグロラ侯爵家は、もはや用事を済ませるために行く場所となっており、本題はむしろ、その後となっていた。
「わあ。領都って言っても、村ですね、ここ。なるほど。小さな店が一軒だけというのも、頷けます」
「何もないですもの。一応、街道が通っているのに宿も無いなんて、信じられません」
「ここは、泊まらず通過するらしいわよ。誰も、特に用事は無いんですって。それにしても、着替えておいてよかったわね」
生活できるようにしてある幌付きの荷台で、既に着替えてドレスを着ているカシルダが、相変わらずの御者台で、そう言って、自身のスカート部分っを摘まむ。
「着替えのための宿や店が何も無いなんて。ここは、本当に領都なのでしょうか」
「折角着替えたから、早くグラント領へ行きたいわ。ちょうど、花まつりの時期ですもの」
王都より南に位置するグラント領では、花まつりの時期がひと月ほど早い。
それが楽しみで着替えたのだと言って、カシルダは笑った。
「そのお姿、本当にお美しいですから。セグロラ侯爵夫人たちも、ぎゃふんと言いますよ、絶対」
「確かに。乗馬服姿を見慣れた後だと、より綺麗ですよ、お嬢様」
スレマとマリオの言葉に、カシルダが、こてんと首を横に倒す。
「じゃあ。乗馬服のままだったら、万が一の受け入れも無かったかしら」
「「そう思います」」
ふたり同時に言われ、カシルダは、判断を誤ったかとドレスの裾をいじった。
「なら、乗馬服のままで乗り込めばよかったかしら。だって、あんな。メンヘ子爵子息みたいなのが大きな顔をしている家なんて、絶対に嫌だもの」
セグロラ侯爵家には嫁ぎたくないと、初めてはっきり言葉にしたカシルダに、スレマが口を尖らせる。
「それを、皆様におっしゃれば、よろしかったのに」
「そうしたら、色々、軋みが出るじゃない。私が直接行って、話をつけるのが早いのよ。ああ、でも。それでいったら、乗馬服で乗り込むのも駄目ね」
セグロラ侯爵家には嫁ぎたくないが、きちんと理は通すと言って、カシルダは少しでも令嬢らしく登場するため、御者台を下り、荷台へと移った。
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