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ひょんなことから、憧れの辺境伯家とご縁が出来ました。  作者: 夏笆


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5/20

ひょんなこと 5、



「いいこと、カシルダ。ひとっつも、我慢なんてすることはありませんからね」

「そうよ。何か強要されそうになったら、即、帰っていらっしゃい」

 そう言って、カシルダの荷づくりを手伝うのは、既に嫁いで次期アミエバ公爵夫人となっている実姉カンデラスと、次期アバスカル侯爵夫人である兄嫁ブランカ。

 日頃から仲がよく、茶会や観劇など、共に行動することも多いふたりは、自分のこと以上に、カシルダの身に降りかかった、今回のことを怒っていた。

「カンデラス様、こちらのドレスも入れてさしあげて。セグロラ侯爵領では、領都でさえ、きちんとしたドレスを作れる店が、一軒も無いそうですから」

「まあ。一際素敵なドレスですわね。カシルダに、とても似合いそう。もしかして、新しく誂(あつら)えたものですの?」

 カシルダの義理の姉であるブランカが、侍女に新しくドレスを運ばせ、カシルダの実姉であるカンデラスに示す。

「ええ。次の夜会に贈ろうと思って、ロエンシオ様と密かに用意していたのです。それなのに」

 カシルダとカンデラスの兄であり、ブランカの夫であるロエンシオの名を出して、ブランカは、ため息を吐いた。

「今度の夜会。カンデラス様とカシルダと、久しぶりに三人揃って参加するのを、本当に楽しみにしていましたのに」

「わたくしもですわ。エクトルを産んでから、初めての夜会ですから。『そう格式ばった場でもないのだから、少しくらい羽目を外してもいいよ』と、エルナンドも、お義父様、お義母様も言ってくれていて」

 アミエバ公爵家の後継となるエクトルを、一年ほど前に出産したカンデラスも、久しぶりの夜会を三人で過ごそうと、とても楽しみにしていたと肩を落とす。

「それは、私もです。お姉様、ブランカお義姉様」

 ふたりの言葉にカシルダが続けば、ふたりが大きく頷く。

「そうよね。カシルダだって、わたくし達と一緒に行きたいわよね」

「なら、夜会を終えてから出発する?」

「それもいいかも知れないわね。急なことでもあるし、セグロラ侯爵夫人の甥御様には、とても失礼な態度も取られたのですもの」

「鉱山を差し出して、婚約の王命を期待するなど。随分、破廉恥なお家柄のようですから。ひと月くらい遅れたとて、文句は言えないのではなくて?」

 当然のように、悪戯っぽく、けれど本気で提案するカンデラスとブランカに、カシルダは、驚きに目を見開いた。

「お姉様たち。よくご存じで」

 鍛錬場であったことは、あの日、その場の判断で、他言無用となっているはずである。

 なので、当事者であるカシルダも、両親以外には、その状況を説明していない。

 ましてや鉱山のことなど、どこから聞き及んだものか。

「あらあ、そうは言ってもねえ。カンデラス様」

「そうよねえ、ブランカ様」

「あちらこちら」

「雀さんは、いるものですもの」

 まさかの両親からかとも思うが、どうやらふたりには、独自の情報網があるらしい。

 ふふふと言い合う、見た目完璧な貴婦人を前に、カシルダは、これ以上の言及を回避することにした。

 藪をつつかねば、蛇が出ることもあるまい。

「まあ、そんなこんなで。恐らく、夜会の前に戻れると思いますので」

 しかし、そんなカシルダの発言に、今度はカンデラスとブランカが目を瞬かせた。

「え?戻る、ってカシルダ。あなた、まさか」

「それって、もしかして」

「はい。お姉様、ブランカお義姉様。恐らく、あちら・・セグロラ侯爵夫人やご令嬢方は、私との縁談を受け入れないでしょうから。きちんと、こちらに非など残らないよう、話をつけてきます」

 あっさりと言ったカシルダに、カンデラスとブランカが、顔を見合わせる。

「話をつける、って。そりゃあ、自分の甥より強かったあなたに、セグロラ侯爵夫人はいい感情を持っていないでしょうけれど」

「ああ、それ。わたくしも聞いたわ。見事に相手の剣を叩き落としたそうじゃない。凄いわ、カシルダ。鍛錬の成果ね」

 目をきらきらと輝かせるカンデラスとブランカに、カシルダは、照れたように微笑んだ。

「ありがとうございます。ですが、実際に捕縛したのは、オスワルド様たちなのです」

「そりゃあ、本職なのですもの。そこまでカシルダが出張ってはいけませんよ」

 体術では叶わない、と肩を落としかけたカシルダに、カンデラスは、ふふと笑ってその頬をつつく。

「お姉様」

「まあ、確かに。そういった経緯もあって、セグロラ侯爵夫人があなたとご子息の縁談を反対する可能性はあるわ。でも、セグロラ侯爵家には、王が特に目をかけているようだと、アミエバ公爵であるお義父様も、次期公爵であるエルナンドも、眉を顰めて言っていたの。あちらこちらを侮蔑し、挙句、王女殿下に不敬を犯しておきながら、相当に寛大な処置だったとか。そんなセグロラ侯爵が望んだ縁なのならば、夫人が反対したからといって、そう簡単にいかないのではない?」

 案ずるように言う姉に、カシルダは、確かにとなずいた。

「そうですね。陛下は、セグロラ侯爵閣下と色々お話をされたようですので、侯爵閣下ご自身は、私が縁付くことをお望みなのかもしれません。でも、侯爵夫人は、甥である、あのメンヘ子爵子息をとても有能だと評価しているそうなのです。ですから、夫人をはじめ、夫人を慕っているというご令嬢方は絶対に私を厭うているはずです。それで、侯爵夫人はじめ、あちらの皆さまが、私を受け入れないとおっしゃった場合には、即座にこの婚約を白紙撤回する書類を作成していただきました。公式に、陛下の署名と国璽もいただいています」

「まあ、そうなの!?」

「はい、お姉様。だから、大丈夫です」

 姉とは言え、他家に嫁いだカンデラスに、余り深く話をすることは出来ないと思っていたカシルダだが、自身の情報網でそこまで知っているのならと、秘密の話をするように、そう囁いた。

「そう。なら、道中さえ、気を付ければ大丈夫なのかしら。でも、あなたは、嫌な思いをするわよね?あちらは大勢で、あなたに酷いことを言いそうだわ」

「気にしませんから、大丈夫です。先ほども言いましたが。聞くところによれば、侯爵夫人は、自身の甥である、あのメンヘ子爵子息をとても高く買っているそうですから。似たような方なのかと」

 心配そうに言うカンデラスに、騎士としても貴族としても、最低としか思えない男を価値ある者と扱うなど、その人も知れると、カシルダは不遜に笑った。


「では、馬車や護衛、侍女の話も、本気なの?カシルダ」

 カシルダの言葉に、安心した様子のカンデラスを前に、けれどブランカは、まさかとカシルダを見やる。

「はい。本気です、ブランカお義姉様」

「カシルダ」

「え、ちょっと待って」

 そんなブランカの、賛成できないという空気を読み取り、カンデラスが、またも不安の声をあげた。

「ブランカ様。それは、どういう?セグロラ侯爵領といえば、馬車で十日はかかるのでしょう?それなりに、ご準備くださるのではないの?」

「わたくし達は、そのつもり、なのですが」

「そうよね。こんなに立派に揃えてくれているのですもの」

 事実、ブランカとカシルダの母であるアバスカル侯爵夫人が用意したという衣装類、装飾品の類は多く、侯爵令嬢の輿入れに相応しい数と質となっていると、カンデラスは、物で溢れる部屋をを見渡した。

「お父様もお母様も、もちろん、お兄様とブランカお義姉様も、立派に整えてくださると言うのですが。私としては、あちらが、どう出るのか分からないので、まずは幌付きの荷馬車一台、侍女と護衛もひとりずつで、行ってみようと思っています」

「なっ。荷馬車、ですって!?」

 あっさりと言って、カシルダは、手にした着替えを鞄に入れる。

「まあ、お姉様ってば。お母様と驚き方が一緒。見開いた瞳の色が一緒だから、尚一層」

「カシルダってば、そんな風に可愛く笑っても駄目です。カンデラス様だって、こんなに驚いているではないの。ねえ、カシルダ。お願いだから、考え直して。セグロラ侯爵領では、宿が少ないそうだから、近隣の家で、どこか泊めてくれるところを、出発前に探しましょう?その方が、絶対、安全だから」

 『流石親子ですね』と、ころころ笑うカシルダに、ブランカが必死の体で言うも、カシルダは笑うばかり。

「用意してくださるのは、凄く有難いです。もし、あちらで受け入れてもらえた場合は、お送りいただければと思います。まあ、それは無い方がいいですが、絶対に無いと思いますので。それから、宿はなくとも、騎士の訓練で野営も体験しましたので、問題は無いです。ブランカお義姉様、色々ありがとうございます」

「もう、カシルダ。カンデラス様からも、何か」



「おばさま!けんの、おけいこ、して!」

「ばったま!ちて!」

 ブランカが、そう身を乗り出した時、ドアの向こうから可愛い声が聞こえた。

 そして、遅れて聞こえるノック。

 恐らくドアの向こうには、はしゃぐ幼子ふたりと、焦燥しきった侍女が居るのだろうと推測して、カシルダは自然と笑みを浮かべた。

「もう。ふたりとも。『今日は、カシルダ様をお誘いしては駄目ですよ』と、言っておいたのに。我慢がきかないのか、忘れてしまったのか。いずれにしても、お行儀の悪い」

「いいじゃない。ふふ。うちのエクトルも、いつかああしてお話(はな)ししてくれるのかと思うと、待ち遠しいわ」

 こういった場合には、ブランカが一番に気を遣うのは、カンデラス。

仲がよくとも、義理の姉妹であっても、公爵夫人という立場であるカンデラスが、微笑み許可の言葉を言えば、ブランカも安心した表情になった。

「いつも、アルマンドと剣の稽古をする時間だもの・・大丈夫。開けてあげて」

微笑みそう言って、カシルダは、近くの侍女に声をかけた。




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