ひょんなこと 4、
「そ、その・・実は・・そ、そういう、ことだ。セグロラ侯爵家の嫡男は、今年二十五になったのだが、その。あまりに王都から遠い、辺境に近い土地ゆえ、嫁いでくれるような酔狂な令嬢がいないと、セグロラ侯爵から、相談を受けて、だな」
「辺境の騎士に憧れる我が娘なら、喜んで、そのような辺鄙な土地にも嫁ぐと、セグロラ侯爵に答えた、ということでしょうか?その、ほぼ辺境の地に。我々に、何の相談もなく。十八になったばかりの娘を。酔狂な令嬢がいるという触れ込みで?」
もはや怒りを隠しもしないアバルカス侯爵の声音に、国王が小さく息を呑む。
「陛下。娘に来たそのお話は、決定事項だとのこと。ということは、セグロラ侯爵家の皆さまも、ご承知のことなのですか?カシルダが嫁ぐという、その事実を、セグロラ侯爵夫人やご令嬢方も同意なされていると解釈してよろしいですか?あちらには、嫁がれた方も未婚の方も合わせて六人、ご令嬢がいらしたと記憶しておりますが」
「あ、ああ。セグロラ侯爵とは、カシルダがセグロラの嫡男に嫁ぐ、と、話を付けてあるが、夫人たちが同意しているかどうかは、確認していな・・っ。すまなかった、ボニファシオ、アデライダ夫人」
国王とセグロラ侯爵との間で勝手に決め、しかも相手の家族がどう思っているかの確認もしていないと聞いた途端、冷気が噴出したアバルカス侯爵夫妻に、国王は、着座したままではあるものの、頭を下げた。
「セグロラ侯爵とは、ということは。もしや、縁談相手本人である嫡男や家族は、不承知の可能性もある、ということでしょうか。我が家のように」
ちくりと、自分達は当然不承知だと差し込んで言うアバスカル侯爵に、国王が考えるように頷く。
「その可能性は、ある。話をした・・手紙を実際に遣り取りしたのは、侯爵だけゆえ。しかし、侯爵が承知しているのだ。案ずることはあるまい・・・その。その方ら、アバスカル侯爵家には、事後承諾になってしまったが」
アバルカス侯爵夫妻をちらちら見ながら、ぼそぼそと言う国王の、その瞳の動きを見て、カシルダは、思案するように言葉を紡いだ。
「陛下。失礼ながら、未だ何か、セグロラ侯爵家と約束されたことが、おありなのではないですか?」
「え」
カシルダの指摘に、国王が見本のように固まった。
「まあ、図星ですか陛下。それで?そのお約束とはいったい何でございましょう?よもや、カシルダが問わなければ『聞かれなかったから』と、黙っているつもりだった、などということは、ありませんよね?」
「これは、これは。なかなかに言い辛いことと、お見受けする。ん?まさか、の話ですが。我が娘カシルダの対価として何かを差し出された、しかもそれを受け取られた、などとは申されますまいな?一国の王ともあろうお方が、他家の貴族令嬢を売るような、そのような真似」
「もしかして。それで、今この場に、王妃陛下はいらっしゃらないのですか?」
「王妃陛下は、他家の娘を駒と利用した裏取引など、お嫌いになりましょうからなあ。ああ、いや申し訳ない。これは、我が娘カシルダを、対価として利用したことを前提にしておりましてな」
「違いますわよね?陛下。何か、陛下の利益のためにカシルダを利用するなど、ございませんわよね?」
嫌味たっぷりに、何か旨味があるのだろう、それが王妃や子供も顔を潜めるようなことなのだろう、そこまでは掴んでいるのだ、さっさと吐けと、言葉丁寧に、しかし鋭くアバスカル侯爵夫妻に詰め寄られ、国王は、がくりと肩を落とす。
「セグロラ侯爵家が有する山の、権利を、もらった」
「セグロラ侯爵家が有する山?あちらは、益ある鉱山などお持ちではないですが・・・まさか。バスーラ山、などとはおっしゃいませんよね?」
個人の人権より国益を重視することはある。
そこは理解できるアバスカル侯爵だが、セグロラ侯爵領に、それほどの旨味を生み出す鉱山などなかったと言いかけ、ひとつの山を思い出した。
「・・・・・・・・・・」
その言葉に沈黙した国王に、アバスカル侯爵は、信じられないと目を見張り、声を張り上げる。
「本当に、バスーラ山なのですか!?あの、幾度も何かあると言われ、その度に開発するには及ばないと結論付けられ、終には、観光地にすらならないと匙を投げられた、あの」
激高、というよりは呆れの勝る顔と声で言われ、国王は、ぎゅっと拳を握った。
「っ。だが、少量ながら鉄が出ただろう?だから、もっと掘ればきっと」
「つまり陛下は、そのくず山の対価に、カシルダを差し出した、と」
侮蔑を込めた瞳でアバスカル侯爵が言えば、夫人もそれに続く。
「そうでしたか。そのようなお話もあって、不敬を働いた者であるにも関わらず、極刑にならずに済むどころか、緩やかな拘束という、恩恵を受けているのでしたか」
王女に向かって剣を抜いたにも関わらず、王城の一室で拘束されているだけのメンヘ子爵子息。
「あれは・・っ。セグロラ侯爵にも、事情を説明せねばならぬゆえ」
「なるほど。バスーラ山を譲渡するだけではなく、その開拓費用をもセグロラ侯爵家が持てば、罪を軽くする、とでも交渉するつもりでいらっしゃる、と」
「・・・・・いい縁だ、と、思ったのも、事実だ」
すべてを否定することなく、国王はただ、ぽつりと、そう呟いた。
愚かだ。
実に愚かだ、とカシルダも思う。
けれど、自分や生家アバスカル侯爵家が、対価としてセグロラ侯爵家に伝わっている事実は変わらない。
「陛下。セグロラ侯爵家とのお約束は、どのような形で成されていらっしゃいますか?」
カシルダの静かな問いに、国王が、アバスカル侯爵夫妻の顔色を窺いながら、小声で答える。
「・・・互いに印章を押して、作成した、公式なものだ」
それは、王家と貴族の誓約。
もしここで自分がセグロラ侯爵家へ向かわないとなれば、国王がその誓いを破ったことになるのだと確認したカシルダは、ひとつ、頷きを返す。
「そういうことならば、承知いたしました。わたくしは、セグロラ侯爵家へ参ります。ですが、両親が言っておりましたように、もし先様が不承知の場合、その場で婚約の白紙撤回が出来るよう、書類を整えていただきたく思います」
「「カシルダ!」」
たとえ公文書になっていようとも、国王が正式に誓約したのだとしても、このような婚約は認めない。
その一択だと譲らない両親を、カシルダは冷静に見つめた。
「一国の王陛下が、お約束なされたことです。ただ駒として扱われ、事実を知らなかったとはいえ、逃げるような真似は、したくありません。そのようなこと、騎士の生き方に反します」
貴族同士ならば、腹黒くやり抜くこともありましょうがと、きりりと言うカシルダに、父であるアバルカス侯爵が、首をぶんぶんと横に振る。
「お前は、貴族令嬢だ」
「ですが、騎士としての鍛錬も行ってまいりました。それに、先様には、我がアバスカル侯爵家の名が伝わっているのです。このまま、訪いもせず、この場で白紙撤回をすれば、逃げたと思われましょう。それは、避けたく思います」
きっぱりと言い切ったカシルダに、アバスカル侯爵夫妻も口を噤んだ。
「カシルダ嬢。感謝する」
そしてカシルダは、意識しないままに、国王に貸しを作った。
ありがとうございます。




