ひょんなこと 3、
「国王陛下に、ご挨拶申し上げます」
「ああ。急に声掛けをしてすまない。アバスカル侯爵、夫人。それにカシルダ嬢も、よく来てくれた」
オスワルドとメンヘ子爵子息の模擬戦から二日。
カシルダは、両親と共に国王よりお茶に招かれた。
『王女殿下に向かって剣を抜いた輩を、拘束で済ませるとは』
『何か、弱みでも握られているのかしら』
メンヘ子爵子息への、国王の対処を知り不審に思い、独自に調査を行ったアバスカル侯爵夫妻は、どうやら国王が、セグロラ侯爵と交渉し、何かの対価として、カシルダとセグロラ侯爵家の縁組を約束したという情報を掴んだ。
当事者であるカシルダにも、その生家アバルカス侯爵家にも、何の確認も説明もなく、である。
『馬鹿にしているな』
『馬鹿にしていますね』
『やはり、カシルダに婚約者を選んでおくべきだったか』
『でも、カシルダの気持ちも、大事です。望まぬ相手・・しかも、我が家の益ともならぬ相手となど、わたくしは、絶対に反対です』
言外に、セグロラ侯爵家との縁談は、旨味も何もなく不承知だと不機嫌に言った妻、アデライダにアバスカル侯爵も深く頷いた。
『その通りだ。まったく。こちらが、婚約者を厳選している最中だと、知っていてこの所業とは』
アバスカル侯爵夫妻と、その後継であるカシルダの兄夫婦は、カシルダが望み、相手の家格や事情の関連で競合しないような家をと、吟味している最中で、そのことはアバスカル侯爵とは友人という関係でもある国王も、当然承知していた。
それなのに、アバスカル侯爵家が決して望まない縁談を、ごり押しするつもりでいる。
『もしや、我が家としては喜んで、セグロラ侯爵家と縁を結ぶと思っていらっしゃるのでしょうか。繋がりたい、何かがあると』
『そんなもの、微塵も無いがな』
現在、アバスカル侯爵家とセグロラ侯爵家との間に、親しい付き合いは無い。
そして、これからも結びたい事業や領地の繋がりも無い。
『ですわよね。セグロラ侯爵家より、もっと条件のいいお家が、たくさんありますもの』
これまで送られて来た釣書の、誰よりも条件が悪いと、アバスカル侯爵夫妻は、同じ心で、にやりと微笑み合った。
『ねえ、ボニファシオ。これからも、セグロラ侯爵家とは、お会いすればご挨拶、程度のお付き合いでよろしいのではありませんか?』
『そうだな、アデライダ。そうしよう』
娘の幸せが何より大事。
上の兄や姉と同じように、出来るだけ本人が望む婚姻を。
アバスカル侯爵夫妻に、ぶれは無い。
「三人とも、楽にしてくれ」
「畏れ入ります」
そして迎えた、国王と、アバスカル侯爵夫妻とカシルダ。
四人だけの、私的なお茶会。
国王の声かけで礼儀正しく席に着くも、カシルダの両親であるアバスカル侯爵夫妻の顔が怖い。
いや、その表情は、まごうことなき笑みである。
ただ、その目が少しも笑っていないだけで、これほど相手を恐怖に陥れるものなのかと、カシルダは感心していた。
「今日、来てもらったのは、その。じ、実は、カシルダ嬢に、縁談が、その、あってな。我が娘アンドレアの、親友でもあるカシルダ嬢だ。是非、この話を受けて、幸せになってほしいと、思って、な」
今日、何の話が行われるか。
その内容を、アバスカル侯爵夫妻が正確に掴んでいると、国王も気が付いたのだろう。
そう言う国王の顔は、アバスカル侯爵夫妻の圧に引き攣り、目は挙動不審になっている。
「ほう。縁談、ですか、国王陛下」
「あ、ああ。そうなのだ、ボニファシオ。辺境にほど近い地を自領とする、セグロラ侯爵家で。ほ、ほら、カシルダ嬢は、辺境の騎士に、憧れている、だろう?良縁と思ってな」
うっそりとした様子のアバスカル侯爵に、国王は友人としての一面で対応をごり押ししてきた、とカシルダにはみえた。
「そうですね。確かに娘は、辺境の騎士に憧れております」
「で、あろう!ならば」
「ですが、セグロラ侯爵家は、やや辺境、と、娘は申しておりました。先日の、メルガル伯爵子息と、その、ほぼ辺境の騎士との模擬戦を見て」
やや、や、ほぼ、を強調し、勢いづいた国王を突き落とす、アバスカル侯爵の冷ややかな声。
「陛下。発言の許可を、いただけますか?」
「おお!侯爵夫人!是非にも!」
そこで、おっとりと口を開いたアバスカル侯爵夫人アデライダに、国王は救い主現ると、期待の目を向けた。
「ありがとうございます、陛下。実はわたくし、信じられないようなお話を聞きましたの。王城の鍛錬場でのお話のようなのですけれど。王家の名も知らない貴族が居た、その貴族は騎士で、王女殿下が身分を詐称したとして、その場で切り捨てようとした、など。本当に、そのような恐ろしいことをなさる愚か者が、王城内にいらしたのでしょうか?」
「あ、ああ。それは、その。本当の、ことだ」
おっとりと、優しく穏やかな口調のなかに、ほんのりと嫌味を含む言葉で問われ、国王は、その声を絞り出すように答える。
一国の王であり、普段はアンドレアや王太子の優しい父、そしてアバルカス侯爵とも友好な縁を繋いでいるその表情に、今は焦りの冷や汗が見えるようだとカシルダは思った。
「おお、事実でしたか。私も噂を聞き、まさかとは思っておりましたが」
「ええ。我が家とはご縁の無いお宅で、ようございました」
アバスカル侯爵夫妻は、揃って噂だの話を聞いただの、あたかも他人の口から伝え聞いたように言っているが、その実、彼らの情報源は娘であるカシルダである。
その現場に居、あのメンヘ子爵子息に成敗してやると言われた、当事者のひとりであるカシルダから聞いただろうことは、国王も承知しており、こんなはずではなかったと、その顔にはっきりと書いてあった。
では、どんなつもりだったのか、問いたく思ったカシルダは、小さく声をあげる。
「国王陛下。わたくしも、発言してよろしいでしょうか」
「ああ。カシルダ嬢。構わない。カシルダ嬢本人のことだ。不敬も問わないゆえ、自由に発言するがよい」
「ありがとうございます」
普段、剣や弓の鍛錬を欠かさないカシルダは、ともすれば令嬢らしからぬ大きな声が出てしまう。
それを押さえるため、意識して声を調節しながら、カシルダは不思議に思ったことを口にしていく。
「ひとつ、陛下に質問がございます。陛下は、わたくしを、あのメンヘ子爵子息に縁付けようとなされているのですか?」
先の言葉では、セグロラ侯爵家、との発言だったが、あのメンヘ子爵子息は自分をセグロラ侯爵家の人間だと言っていた。
そのことを踏まえ、確認をというカシルダに、国王は、とんでもないと首を横に振る。
「まさか。そなたの縁組は、真っ当なセグロラ侯爵家の嫡男と行われる」
「行われる。それはつまり、決定事項だということでしょうか?」
国王の言葉から、そのように解釈したカシルダが言えば、両親であるアバスカル侯爵夫妻の視線が、より鋭くなった。
ありがとうございます。




