ひょんなこと 2、
「え?セグロラ侯爵家に変更、ですか?確かにセグロラ侯爵家は、辺境にほど近い領地をお持ちですが」
「そうなの。オスワルドが言うには、お父様が急に、情報の交換先が、グラナド辺境伯家からセグロラ侯爵家に変更になったと告げて来たとかなのだけれど。いったい、何をお考えなのか。何というか。ちょっと、あやしいでしょう?」
そう言って紅茶のカップに口を付けるアンドレアは、何処か不機嫌そうに見える。
「それは、もしかして、ご縁談、を陛下はお考えということでしょうか」
そして、思い至った可能性を、カシルダが小声で告げれば、アンドレアは、ふんっ、と言わぬばかりにカップを置いた。
その動き、かなりの怒りを孕んでいるにも関わらず、茶器の音がしないのは流石だと、カシルダは妙なところで感心してしまう。
「オスワルドは、それを案じているわ。自分が伯爵家だから、より高位の侯爵家にわたくしを嫁がせたいのではないか、と。でも同時に、可愛がっているわたくしを、そんな遠方へ嫁がせるだろうか、と、言ってもいるの」
「それは確かに。オスワルド様の生家、メルガル伯爵家は、質実剛健と名高い名家ですし、領地も近いうえに、騎士団に所属しているオスワルド様は、今後も王都のお邸にお住まいになられると聞きますから」
『領地は補佐である弟に任せ、自分は王都に住まい続けるつもりだ』と、オスワルド本人から聞いているカシルダも、王が王女の嫁ぎ先としてメルガル伯爵家を筆頭に考えていることに間違いはないのではないかと不思議に思う。
「まあ。お父様とセグロラ侯爵家との間で、何か遣り取りがあったのは確実みたいよ。もちろん。事と次第によっては、わたくしにも考えがあるけれど」
そう言ってアンドレアは、にたりと形容するのが相応しい、策士めいた笑みを浮かべた。
「そこまで!勝者、オスワルド・メルガル!」
審判がそう叫んだとき、その場を支配したのは圧倒的な静寂、もっとはっきりいうなら、呆然、だった。
「え。ほんの一瞬で?あの方、セグロラ侯爵家からいらした、騎士なのですよね?」
「正確には、セグロラ侯爵夫人の甥だそうよ。メンヘ子爵家なんですって」
辺境にほど近い領地を護る騎士と、国内外にその名を轟かせる騎士の対決とあって、皆、興味深げに観戦していたのだが、今では、一様に虚無・・・唖然とした表情となっている。
それも無理はない。
開始直後、奇声をあげて飛び掛かったメンヘ子爵子息の剣を、オスワルドはその場から動くことなく、一瞬で弾き飛ばしてしまったのだから。
「弱すぎるわ」
「そうね。あれなら、貴女の方が強いわ」
呆れたようにカシルダが呟くのにアンドレアも頷き答え、場の空気も同様の様相となったころ、更に予想だにしないことが発生した。
「貴様!伯爵家如きの人間が!侯爵家の人間に勝つなどあっていいと思っているのか!忖度するのが当然であろう!」
叫んだのは、メンヘ子爵子息。
それは確かな事実であるものの、一瞬、彼が何を言っているのか、カシルダには理解できなかった。
「魔獣や敵は、忖度などしてはくれない」
しかし、流石に一団を預かるオスワルドは、冷静さを欠くことなく正論を述べる。
「はっ!御託を並べるな!俺は侯爵家の人間なんだぞ?そして貴様は、伯爵家。格下が!この俺に口答えなどしやがって。そもそも俺は、領地からはるばるやって来てやったんだぞ?しかも、そちらに乞われて、だ。格上が、わざわざ足を運んでやったというのに、忖度も出来ないとは情けない!貴様など、貴族を名乗る資格は無い!」
己が言っていることが正しいと、信じて疑わない態度で、メンヘ子爵子息が言い切る。
対戦に、心躍る場所であったそこは、既に呆れの空気で満ちていた。
「まあ、侯爵家ですって?伯母君が侯爵夫人だからと、誤解しているのかしら?自分は、その寄子の子爵家の人間でしょうに。主家が侯爵家なら、自分も侯爵家ということ?ただの伝令のくせに。行くわよ、カシルダ」
「はい。何というか、凄い理論ですね。全権代理でもないのに」
今回メンヘ子爵子息は、セグロラ侯爵家から全権を委任されているわけではなく、代理ですらない。
ただ、第三騎士団が求めた記録を持参したに過ぎない。
それなのに、その立場で己は侯爵家だと言い切るとはと、周りは、呆れを通り越し、奇異な者を見る目になった。
そして、そこに宿るのは、貴族としての鋭利さ。
あれがセグロラ侯爵家の総意であるならば、今後の付き合いも考えねばならない。
「メルガル騎士団長、お疲れ様。そちらの言い分では、主家の身分を自分のものとして名乗っていいらしいから、貴方もそうしたらいいわ。自分が仕えているのは、パルラモン家だって」
優雅に、オスワルドとメンヘ子爵子息、ふたりの前に立ち、きらりと目を光らせて言ったアンドレアに、オスワルドはすぐさま騎士の礼を返し、メンヘ子爵子息は、不躾な目でアンドレアをじろじろと見た。
その態度に、周りの騎士が一斉に剣に手をかけるも、アンドレアはそれを瞳で抑える。
「なんだ、貴様。騎士の模擬戦に女が口を出すとは、王都の貴族は躾がなっていないのだな!いいから下がれ!侯爵家に向かって失礼な口をきくな!弁えろ!」
その侮辱に、カシルダは一歩前に出る。
こんな男とアンドレアを、直接会話させるつもりは、さらさらない。
「この国の騎士でありながら、パルラモン家を知らないとでも言うのですか?」
「はっ。ちんけな家なんじゃねえの?」
「王家です。不敬ですよ」
騎士が、しかも貴族である彼が、この国に住んでいる人間なら、平民であろうとも誰もが知っているだろう、自分達を統べる王家の名を知らない。
そんなことがあるのかと驚愕したものの、それを表に出すことなくカシルダが答えれば、何を思ったかメンヘ子爵子息がアンドレアに向かって抜刀した。
「王家だと!偽りを名乗るとは、不敬!そのような奴、この俺が、叩き切ってやる!」
その一瞬。
カシルダが、素早くメンヘ子爵子息の手首を打って剣を落とさせ、それを受けたオスワルドが、流れるような動作でメンヘ子爵子息を拘束した。
「何しやがる!俺は、不敬を働いた愚者を成敗しようとしただけだ!貴様ら三人とも、侯爵家の名において成敗してやるから、覚悟しておけ!俺が陛下に訴えれば、貴様らなど・・ぐふっ!」
「それ以上、口をきかないでいただけます?あなたのような方が、辺境の騎士を、これ以上愚弄しないでくださいませ。ほぼ辺境の、騎、士、さ、ま」
縄を掛けられても、煩く喚き続けるメンヘ子爵子息の口に、傍に控える王城の侍女からすすっと渡された布切れを、無造作に丸めて放り込んだカシルダは、怒りを込めて言い切った。
因みにその布切れは、侍女の恋人である騎士が、剣を磨くのに長く使っていた物だったらしいのだが、怒り心頭のカシルダに、そんなことは関係がない。
ありがとうございます。




