ひょんなこと 1、
「そうだわ、カシルダ。貴女に、朗報があるの」
いつものように共に刺繍を刺しながら、王女アントニアは、幼馴染で親友のカシルダにそう声をかけた。
「わたくしに、朗報、ですか?」
どこか含み笑いを感じさせるアントニアに、カシルダは何であろうかと首を傾げる。
「ええ。今度ね、グラナド辺境伯家が王都へ来るのよ」
「ほ、本当ですか!?」
グラナド辺境伯家といえば、国境の領土を護る、国内最強と言われる騎士の家系の家で、その戦いぶりを初めて見たときから、カシルダ最大の憧れの対象となっている。
そのため、思わず、くわっ、と食い付きそうになったカシルダは、しかしここが王城内、しかも王女の私室であること、そして何より侯爵令嬢としての矜持で何とか踏みとどまり、少々上ずった声をあげるにとどめることに成功した。
「ふふ。騎士大好き・・特に、辺境の騎士を尊敬しているカシルダに『実は、冗談でした』なんて、そんな意地悪は言わないわよ。貴女には、これ以上なく有効でしょうけれど」
「では」
そわそわと落ち着かないカシルダに向かい、アントニアは、にっこりと笑みを浮かべた。
「本当よ。最近は、王都周辺での魔獣の出現率があがっているでしょう?それで、グラナド辺境伯家の、経験に基づく情報が欲しいのですって」
「なるほど。オスワルド様絡みでしたか」
鮮やかな手つきで刺繍を刺すアンドレアの、その麗しい横顔に、少し赤みが帯びるのをを見つめ、カシルダは揶揄うような声を出した。
「そうよ。第三騎士団との情報交換が目的なの。しっかり学んでもらって、生き残ってもらわないと」
第三騎士団を率いるオスワルド・メルガルは、伯爵家の嫡男で、若くして第三騎士団の団長にまで上り詰めた実力者。
その武勇は国内外に広く知られており、魔獣討伐に特化した第三騎士団で活躍するようになってからは特に、彼の剣術に命を救われた者も多い。
そして、カシルダとアントニアもまた、そうしてオスワルドと出会った。
あの時のオスワルド様は、本当に格好良かったわ。
カシルダが今でも鮮明に思い出せるそれは、今から十年前。
共に八歳だったカシルダとアントニアが、王都を少し離れた場所で、魔獣を操る者に襲撃された事件。
もちろん、侍女が居た。
護衛も居た。
それでも、魔獣の数の多さ、操られているがゆえの異常な強さに劣勢となったとき、颯爽と現れ、ふたりを守り切ってくれたのが、当時十六歳のオスワルドだった。
護衛があげた、救難信号を確認した第三騎士団のなかでも、随一の速さを誇って馬駆けて来てくれた、あの時の心強さは、今でもカシルダの胸に強く、そして鮮やかに刻まれている。
あれは、純粋培養のアンドレア様が特例なのではなく、誰でも心奪われるわよねえ。
無理のない仕儀です、って。
「アンドレア殿下。オスワルド様とのご婚約は、未だですか?」
国王が、十八になるまでアンドレアは誰とも婚約させない、と宣言していることは有名。
そして先日、アンドレアはめでたく十八歳の誕生日を迎えた。
かねてより相愛のふたりのこと、それを期に婚約を発表するものと思っていたのにと、カシルダはアンドレアを案じるように見つめる。
「お父様が、ご乱心なの」
「納得です」
ふたりの兄王子と共に、大層可愛がっているアンドレアを嫁がせるにあたり、どうやら国王が未だ何か物申しているらしい。
しかし、継ぐ家こそ伯爵家で、王家と縁を繋ぐにはぎりぎりの家格だとはいえ、オスワルドの有能さを誰よりも評価している国王のこと、相手が気に入らないというよりも、アンドレアを手放す寂しさに混乱しているだろうことは想像に難くない。
「お決まりになりましたら、お教えくださいね」
「もちろん。発表前に伝えるわ」
微笑み言ったカシルダに、アンドレアも、こくりと頷いた。
あのときのオスワルド様を見れば。
あんな風に護ってもらえば、誰でも心惹かれる。
それはそう、カシルダもまた、そのひとり。
けれどカシルダは、早くにアンドレアとオスワルド、ふたりの気持ちに気が付いた。
それからずっと、隠して来た経歴は長い。
恋心を騎士への憧れに変換し、武術を学ぶうち、本気になった。
そして、辺境伯家の騎士の戦いぶりを見た後、己があのような騎士となりたい夢を持つようになったカシルダは、オスワルドのことをひとりの騎士としてのみ尊敬している。
幼いあの日、ふわりと生まれた恋心は、ほんのりとした色のまま、それ以上色づくことなく、淡く消えた。
ありがとうございます。




