グラナド辺境伯領 12、
それから数日。
カシルダは、憧れの辺境の地で、多くの時間をトリスタンと過ごした。
共に街を歩き、剣や弓の稽古をし、馬で遠駆けをする。
その間にマリオとも合流し、お世話になるのだからと、カシルダがトリスタンと共に選び贈った品にグラシアナ達が感激し、と。
十日ほどというほんの短い期間で、カシルダは、グラナド辺境伯領にすっかりと馴染んだ。
「カシルダ嬢。戻ってすぐ、王都で夜会の予定があると言っていたが。その、エスコートの予定などは、決まっているのだろうか」
楽しかったグラナド辺境伯での日々が過ぎ、明日は王都へ立つという日。
テラスでお茶を飲みながら、トリスタンが意を決したように尋ねた。
「いいえ。今回は、夜会と言っても形式ばったものではないので、姉たちと三人で行く予定なのです」
実姉であるカンデラスと、兄嫁であるブランカの笑顔を思い出し、カシルダもまた笑みを浮かべる。
「ああ。仲が良いという、姉君たちか」
「はい!特に姉とは、久しぶりに一緒に行けるので、とても楽しみなのです」
どこか、ほっとしたように言うトリスタンに、カシルダが明るい声で答え、カップを口に運んだ。
「では、その。今季の社交シーズンの夜会のどこかで。オレのエスコートを、受けてくれないか?その、都合が、ついたら」
「まあ!嬉しいです!是非、お願いしたいです!」
トリスタンの申し出に、カシルダは一も二も無く頷き、胸の前で両の手のひらを合わせる。
「オレも。社交シーズンには、王都でも幾つか夜会や茶会へ参加する予定だから。後で、相談しよう」
「はい!私の予定も、お教えしますね」
にこにこと快諾するカシルダを前に、トリスタンは、緊張の面持ちで、こくりと喉を鳴らした。
「それで、その。カシルダ嬢には、オレの背を預けられると、思っていて。こんな短期間で言われてもと思うだろうが、その。こちらへ、グラナド辺境伯領へ来ることを、考えてはもらえないか?」
エスコートだけでなく、思いがけず辺境への誘いまでもらったカシルダは、喜びに瞳を輝かせた。
「嬉しいお申し出、ありがとうございます。まだまだ未熟者ではありますが、しっかりとトリスタン様の背を護れる騎士になれるよう、精進いたします。憧れの騎士であるトリスタン様に評価していただき、感激です。必ず両親も説得します!」
「え?ん?」
椅子からすっくと立ちあがり、きちんと騎士の礼を取ったカシルダを、トリスタンは呆然と見つめる。
「・・・トリスタン様?・・・え??あら?・・・あの。グラナド辺境伯領の、騎士団に入れてくださる、というお話では、ないのですか?私ってば、早とちりしてしまいましたか!?」
明らかに、カシルダの反応に戸惑いを見せているトリスタンに、カシルダは、恥ずかしい勘違いだったかと、赤くなった頬に両手を当てた。
「いや。オレの言い方が、悪かった。オレは、以前からずっと、妻に迎えるのなら、オレの背を任せられるような令嬢がいいと思っていたものだから」
そう言うと、トリスタンは意を決したように立ち上がり、ゆっくりとカシルダの元へ行くと、その場で片膝を突いた。
「アバスカル侯爵令嬢。私と、この先の人生を共に歩んではくれないか?」
そして告げられた言葉に、カシルダも、こくりと息を飲む。
「トリスタン様。それは、その。騎士として、ではなく。妻として、ということ、ですか?」
震えそうになる声で、何とか伝えたカシルダに、トリスタンは見惚れるような笑顔を見せる。
「騎士としても妻としても、共に在ってくれたらと、願っている」
そう言うとトリスタンは、そっと銀のブレスレットを取り出した。
「受け取って、くれるか?」
「わたくしでよければ、喜んでお受けいたします」
カシルダの言葉を嬉しく聞いたトリスタンが、そっとカシルダの手を持ち上げる。
「オレが、着けてもいいか?」
「はい」
そして、するりと着けられたそれを、カシルダは嬉しく見つめた。
「お返しは、金のブレスレット、でしたよね。楽しみに、待っていてくださいませ。あ、辺境でご用意した方が、いいですよね」
言いながらカシルダは、先にドレスや装飾品を購入した店の店主とした会話を思い出す。
『ふふ。もしそんな素敵なことが起こったら、素晴らしい金のブレスレットを作る方を、紹介してくださいな』
本当にそんな素敵なことが起こったと嬉しくブレスレットを見つめ、カシルダは、どんなブレスレットを贈ろうかと、思案し始めた。
そのはじめから、初代グラナド辺境伯夫妻の再来と言われたトリスタンとカシルダは、婚姻の後もグラナド辺境伯領の発展に努め、領民からの信頼も厚い領主夫妻となるのだが、それはまた、もう少し後の話。
完
ありがとうございます。




