グラナド辺境伯領 11、
「ドレスの騎士様」
その後も花のカチューシャを着けたまま、カシルダが、トリスタンと共に花まつりを楽しんでいると、鈴を転がすような声がして、ひとりの貴婦人が現れた。
そしてその隣には、彼女の手を大切に取る貴族男性。
「これは。ヒスペルト伯爵、伯爵夫人」
「こちらからのお声がけ、お許しください。グラナド辺境伯子息」
貴族男性が丁寧に礼をすれば、トリスタンもそれに応えて丁寧に返す。
「こちらこそ。先だっての不調法、大変失礼いたしました。改めて、お詫び申し上げます」
「いいえ。元は他領でのことまでお願いしようとした、こちらの不手際もあります。それに、妻から聞きました。そちらのご令嬢に、お助けいただいたと」
そう言うと、ヒスペルト伯爵夫妻は、カシルダへと、きちんと向き直った。
「わたくしは、ヒスペルトと申します。この度は、妻の危機を救っていただき、まことにありがとうございました」
「ドレスの騎士様がいらっしゃらなかったらと思うと、今も身が竦みます。本当に、ありがとうございました」
夫の隣で微笑む夫人は美しく可愛らしく、このひとの笑顔を護る一助を担えたのかと、カシルダは嬉しくなった。
「わたくし共は、事業の関係もありまして、こちらの領都に別邸がありますので、是非今度、遊びにいらしてくださいませ。ご賞味いただきたい、お茶など用意してお待ちしておりますわ」
「トリスタン殿とご一緒に、是非お越しください」
「「ありがとうございます」」
誘いに声を揃えて言えば、ヒスペルト伯爵夫妻も笑顔になる。
「ドレスの騎士様。それでは、また」
「はい。また」
その後、ひと言ふた言言葉を交わし、仲良く歩いて行くヒスペルト伯爵夫妻の後ろを、あの日馬車に居た侍女と護衛の騎士達が続く。
彼らは去り際に、きちんとカシルダとトリスタンに、心の籠った礼をして行った。
「・・・そういえば。ヒスペルト伯爵領も、言うなれば、やや辺境だわ。となると、あの方が異質なだけだったのね」
「カシルダ嬢?何か、気になることでも?」
思わず小さく呟いたカシルダに、トリスタンが問う。
「あ、いえ。大したことではないのですが、その・・セグロラ侯爵家の、メンヘ子爵子息を思い出しまして」
まさか『やや辺境でも規格外はあちらだけだったという認識を強め、やや、や、ほぼ、の辺境だからと、一括りにするのは良くなかったと思っていた』というわけにもいかず、カシルダは、誤魔化すように笑った。
「なるほど。確かに、あちらは特殊かもしれない。それより、カシルダ嬢が使っている剣のことなのだが。もしかして、自分用に誂えてもらったものか?」
「まあ、お分かりになりましたか?ええ、実はそうなのです。見た目は普通の剣と変わりませんが、私の力でも扱えるようにと、工夫してもらっているのです」
しかし、トリスタンはあっさりと頷くも、それ以降セグロラ侯爵家について話すことなく、またカシルダも、己が大切にしている剣について理解されたようで嬉しく、ふたりは剣の話以外にも、馬や弓といった共通の話題で盛り上がり、存分に会話を楽しんだ。
「・・・まあ!とてもよくお似合いになります!」
その後、トリスタンに誘われて、グラナド辺境伯夫人グラシアナが懇意にしている店を訪れたカシルダは、店主はじめ店員に囲まれ、鏡の前に立っていた。
「では、こちらのドレスをいただくわ。それから、こちらでのお茶会で、何か特別に注意することはあるかしら?グラナド辺境伯領でのお茶会は初めてなので、あったら教えてほしいの」
「特に、そういったものはありません。ですが、アバスカル侯爵令嬢が留意してくださるのは、とても嬉しいです」
ヒスペルト伯爵夫人に茶会に招かれたカシルダが、グラナド辺境伯領での作法について尋ねれば、店主が代表のようにそう答え、店員たちも、こくこくと頷く。
「あら、当然のことよ。わたくしが礼を失すれば、グラナド辺境伯子息やグラナド辺境伯夫人に、とてもご迷惑をかけることになるのですもの・・・あ。あと、こちらとこちら。それから、あちらのドレスもいただくわ」
グラナド辺境伯家での晩餐などに備え、カシルダは幾着かのドレスを選ぶ。
「はい、かしこまりました。では、一旦、トリスタン様にも見ていただきましょう」
「え?でも」
一着、試着をすれば、その店のサイズ感は分かるので、後は色味だけで大丈夫だ、トリスタンを煩わせるほどのことはない、と言いかけたカシルダだが、言い終わる前に扉が開かれ、隣室で待っていたトリスタンが入って来た。
「カシルダ嬢。とても、よく似合う」
「ありがとうございます、トリスタン様」
「あとは、こちらのドレスを選んだのか。どれも、カシルダ嬢によく似合いそうだ」
カシルダが選んだドレスを見て、トリスタンも頬を緩める。
「そうだ。一着、オレが選んでもいいか?」
「そのようなことをなさると、不快に思われる方が、いらっしゃるのではありませんか?」
言外に、婚約者、若しくは恋人が嫌がるだろうと言ったカシルダに、けれどトリスタンは、カシルダの方を慮る言葉を口にする。
「いや、オレには、そのような存在は居ないが。そうか。カシルダ嬢には、もしかして王都に、その、思う方がいるのか?」
「いいえ。おりません」
「それなら。オレが選ぶのは、迷惑か?」
「いいえ。むしろ、嬉しいです」
「なら、選ばせてくれ」
緊張気味に聞いたトリスタンだが、カシルダの言葉にほっとしたように肩の力を抜いた。
「はあ。本当に、ようございました」
そして何故か、店主と店員たちも、ほっと胸を撫でおろす。
婚約者でもないトリスタンに、ドレスを選んでもらってもいいのかという思いはあるものの、トリスタンに選んでもらえる喜びが勝った。
憧れの辺境の騎士トリスタン。
その彼が自分のために選んだドレスを着るのが、カシルダには、とても楽しみになった。
「あ。そうですわ、アバスカル侯爵令嬢。この辺りで、お茶会では特別なお作法はありませんが、求婚の仕方は、特別なものがありますの」
そして、いざ、お会計というとき。
選んだドレス全着分、その装飾品まで含めて自分が払うというトリスタンに驚き、カシルダが、それは出来ないと抵抗していると、店主がにこやかにそう告げた。
「特別なお作法・・それはもしかして、初代グラナド辺境伯と、その夫人となられた方が初めてなさったことですか?」
初代グラナド辺境伯と、その夫人の話ということで、カシルダの意識は、一気にそちらへと向く。
「そうです。初代辺境伯閣下が、夫人となられるご令嬢に銀のブレスレットを差し出して求婚なさった。その答え・・もちろん是、でございますけれど・・に、夫人は金のブレスレットを返した、と言われていますの。ですから今でも、男性が銀のブレスレットを贈り、そのお返しに女性が金のブレスレットを渡せば婚約成立、という風習があるのですわ」
その風習は色濃く残っているらしく、周りの店員たちも、うっとりと頷いた。
「素敵な風習ですね」
「アバスカル侯爵令嬢も是非!銀のブレスレットを」
「店主。すべて、邸へ送ってくれ」
勢い込んで言いかけた店主にトリスタンが鋭く声を掛ければ、店主も店員も、はっとしたように背筋を正す。
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
「ふふ。もしそんな素敵なことが起こったら、素晴らしい金のブレスレットを作る方を、紹介してくださいな」
恐縮したように言う店主に、カシルダは、にこりと声をかける。
「はい!お待ちしております!」
そして、店主、店員一同、強い視線をトリスタンへと送り、カシルダとトリスタンを入口で見送った。
ありがとうございます。




