グラナド辺境伯領 9、
「え、ちょっと。王都のお嬢さん、なんだよね?」
「その話に憧れてくれるなんて、嬉しいわ!」
「だけど。花を髪に挿すなんて、って、王都じゃ馬鹿にされんのに」
「いいじゃない!好きでいてくれるなら」
「その通りだな!楽しんで行ってくれ!」
「え?あ、ありがとうございます!皆さんも、素敵な日になりますように!」
大きな声を出したうえ、両手で口を塞ぐという無作法をしてしまったと、青くなったカシルダだったが、周りから飛んだ声は予想したような責めるものではなく、向けられる視線もあたたかなものだった。
「皆さん、優しいですね」
「いや。本当に嬉しかったんだと思う。正直、オレもそうだから」
周りに手を振り、トリスタンへと向き合ったカシルダが、嬉しそうに言うのを見つめ、トリスタンも困ったように眉を下げる。
「だって、素敵なお話ではありませんか。花かんざしは、共に国境をかけて戦い抜いたおふたりの、平和の象徴のように感じられます。もちろん、多くのお仲間が周りにいて、というのも素敵です」
初代辺境伯が、平和を勝ち取った、その最後の戦いが終わったとき、共に戦った後の辺境伯夫人に贈った花かんざし。
しかし、その話を知っていても、カシルダのように憧れるという話を、トリスタンは、王都で聞いたことが無かった。
「しかし。王都では、野の花を髪に飾るなど、と蔑まれる話だぞ?」
「残念なことですが、価値観は人それぞれなので、そのようにおっしゃる方に、花かんざしの素晴らしさは伝わらないかと」
わくわくした様子で、カシルダは露店に飾られている花や、その装飾を見つめる。
「価値観は人それぞれ、か」
「ええ。私は、共に駆けた戦場、平和となったその場所に咲いていた花を髪に挿してもらえるなんて、最高に幸せだと思いますが、そうでないひとも・・あ。トリスタン様。あの、花びらや花を幾つも繋げたものは、部屋の飾りですか?」
話しながらも、品物を興味深く見つめていたカシルダが、店頭に吊るされたそれを見て、首を傾げた。
「ああ。それは、花まつりの日に、土地の戦女神に捧げるものだ。自宅で、女神像の前に飾るのが普通だが、部屋の飾りとしても確かに美しいな。生花なので、長くは飾れないが」
「そうなのですね。とてもきれいです。生のお花ゆえに、長く飾るのが難しいのなら、模した物なら・・あ。でもそのようなことをしたら、不敬でしょうか」
ぽつりと呟いたカシルダに、店の女性が声を掛ける。
「お嬢さん。花を模す、ってどういうことだい?」
「あ、はい。布で花びらや花を造れば、長く飾れるなと思ったのです。花まつりには、生のお花で、他の時には・・って、すみません。花まつりの時だけのお供えだと言っていたのに」
よそ者が口を出してしまったと、カシルダは、小さく頭を下げた。
「謝るこたないよ。よければ、その布で作る花びらってやつ、あたしに教えてくれないかい?。この季節だけってのが、残念でさ。季節違いの花でも作ってみたりしてんだけど、やっぱり生だからさ」
「店主。彼女は、客人なんだ」
「知ってるよ?領主さまんとこに長く滞在する、お客人だろ?で、もしかしたらだけど、次来るときはもう、ずっと・・・あ」
不思議そうに言った店主は、先ほどのカシルダと同じように、自分の口を自分の両手で塞いだ。
「何か、ありましたか?やはり、女神様に不敬でしょうか?」
「それは無いから、安心おし。いや、してくださいませ?ああ、すみません。お貴族様、しかも領主様のお客様に、つい、うっかり。でも、ここの領主ご夫妻も若君おふたりも信頼できる・・できます?のは、確かな事実なんで、あたしみたいな失礼な女のことは忘れて、嫁いできてもいいか」
「店主。オレが誰だか知っている、ということか?」
焦った様子で店主が言葉を連ねるのを遮って、トリスタンが驚いたように言えば、店主は、気まずそうに頷く。
「みんな、しってるよ。よく、街を気にかけてくれるじゃないか・・あ」
「大丈夫だ。言葉遣いも、オレには気遣わなくていい」
「トリスタン様は、人気がおありなのですね。慕われていて、とても素敵です。それで、次にいつ訪れるか、長く滞在するかは分からないのですが、布で作る花びらやお花、私でよければお教えしますよ」
焦り合うふたりを前に、カシルダは、にこりと笑った。
「え、いいのかい!?」
「はい、もちろん。でも今日は、花かんざしと飾りを買いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ!どれが、気に入った?」
グラナド辺境伯、伝統の花かんざし。
初代グラナド辺境伯が贈ったとされる花一輪のものもあれば、小さな花束のようになったものもあって、カシルダは迷う。
「カシルダ嬢の、ミルクティ色の髪には、こちらの色など似合うのではないか?」
「柔らかな紅で、とてもきれいですね。それに、白い小さな花が添えられているのも、素敵です・・似合いますか?」
「っ・・あ、ああ。とても、よく、似合う」
そっと、その花かんざしを自分の耳元へ持って行ったカシルダを見て、トリスタンは、こくこくと頷いた。
「若君、しっかり!」
「領主様に倣って、頑張ってください!」
そんなトリスタンを見て、領民たちは先代と同じように、王都からの花嫁が来ること、それがこの令嬢であることを望むと、小声で、小さく拳を握りながら応援していた。
ありがとうございます。




