グラナド辺境伯領 7、
「アニキを返せ」
「解放しろ」
「言う通りにしねえと、そっちのお嬢さんに痛い目みてもらうことになるぜ」
脅迫するよう、ぎらりとナイフを光らせる彼らを見たカシルダは、トリスタンにそっと囁く。
「トリスタン様。荷物・・ベンチから、なるべく離れて応戦しましょう」
「それは賛成だが。その前に。オレに護られるという選択肢は?」
当然のように参戦する気でいるカシルダに、トリスタンは、一応と尋ねる。
「相手、八人なので。流石に、ふたりの方が早いかと。生憎、剣は手元にありませんが、相手から奪えばいいだけですし。決して、お邪魔はしませんから」
「邪魔になるとは、思っていない」
「では、にも・・ベンチには近づけない方向で、よろしくお願いします」
「分かった。投げ飛ばす方向も考慮するから、安心してくれ」
荷物を護る。
それを重視したいと全身で訴えているのに、貴族令嬢であるからか、余りあからさまな言葉にしないよう注意しながらも、ところどころ漏れ出してしまっているカシルダを可愛いと見つめ、しっかりと頷いたトリスタンは、己の剣をカシルダに渡した。
その事実に、カシルダは目を見開く。
「トリスタン様!騎士にとって、剣は命とお聞きします」
「だからこそだ。カシルダ嬢には、これを使ってほしい」
言うなり、騎士の大事な剣をと慄くカシルダに、押し付けるように己の剣を渡したトリスタンは、何やら喚き続けながら、少しずつ接近して来ていた男のひとりを蹴り上げて、そのナイフを奪う。
「わああ。流石。きれいな動き。ナイフさばきも素晴らしいのね・・・ちょっと。邪魔、しないでくださいませ。そこに立たれたら、トリスタン様が見えなくなるではないですか」
蹴りという、野蛮とも取れる攻撃なのに美しいと見とれるカシルダに、別の男が切りかかるも、あっさりと剣でいなしたカシルダは、トリスタンの背に、自分の背を合わせた。
そして互いに、それぞれ、剣とナイフを、一振り、二振り。
「なんだ、こいつら」
「すげえ、つええ」
「背中合わせに、立ったまま」
「アニキが捕まるわけだ」
その後には、武器を弾き飛ばされ、ころんと転がされて、観念したように力なく座り込んだ男たち。
そして、この捕り物を見ていた多くの領民たち。
瞳を輝かせ、カシルダとトリスタンを見ていた領民たちが、伝説の再来だと興奮した様子で言い合い、その話があっというまに広がっていったことなど、荷物の無事を確かめるのに夢中のカシルダが、気づくことはなかった。
「・・・すみません、若君。ふたりきりにしてさしあげようと、気を遣ったのが裏目に出ました」
「申し訳ありません。せめて、お荷物はこちらでお預かりいたします」
「間違いなく、お邸に届けますので。どうぞ、散策を楽しまれてください」
「助かる。ああ、海鮮焼きは、置いて行ってくれ」
騎士らしからぬ丁寧さで荷物を持ち上げるガビノ達三人に、トリスタンが声をかける。
内心『あっ、海鮮焼きは!』と思っていたカシルダは、ほっとした気持ちで、トリスタンの手に渡った海鮮焼きを見た。
「なら俺、エールかワインを買ってきましょうか!?」
「一緒に食べるのが、断然お薦めです!」
すると、ガビノと共に居るふたりの若者が、弾む声で問うて来る。
「まあ、そうなのですね。是非、そうしたいです」
「どちらがいい?」
海鮮焼きとエールやワイン。
絶対に美味しそうだと思うカシルダは、トリスタンを期待の目で見上げた。
「私は、どちらでも大丈夫です。トリスタン様は、どちらがいいとかありますか?」
「どちらも好きだな。なら、両方買ってみよう」
先ほどまで、破落戸が貴族に絡む事件があったとは思えないほど、和やかな空気のなか、ガビノ達がトリスタンとカシルダの荷物を運び、他の騎士達が襲撃犯を連行して行く。
「トリスタン様。先ほどの襲撃者の件で、差し出口をひとつ、よろしいでしょうか?」
「その件なら、カシルダ嬢は当事者なのだから、構わない。聞くだけ、になってしまうやもしれないが」
他領の人間が口を挟むなと、頭ごなしに言うことなく、トリスタンはカシルダをベンチに座らせながら、そう答えた。
「ありがとうございます。彼らは、とても強い団結力があると見えました。そこを生かして、すぐさま極刑にするのではなく、何か領の役に立つ形で償わせるのはいかがかと、思いまして」
「それは、オレも思った。ただ、すりや窃盗だけならともかく、奴らはカシルダ嬢を襲っているから、そう容易くはいかないのだが。外ならぬ本人の意見ということで、考慮することにする・・・ありがとう、カシルダ嬢」
流れ者と言っていた、恐らく平民、そしてもしかすると異国出身かも知れない彼らだが、安易に極刑というのは、自分も避けたいのだと、トリスタンはカシルダに礼を言った。
「使えるものは、有効に使うのがいいと思います。それに、私に関わったばかりに極刑なんて、寝覚めが悪すぎます」
「分かった。それじゃあ、食べようか」
「はい!」
ふたりの間に置いた海鮮焼き、それからエールとワイン。
カシルダは、自分とトリスタの膝にハンカチをかけ、エールに口を付ける。
「おいしい」
「オレも。いつもより、ずっと美味しく感じる」
「動きましたものね」
にこにこと答えるカシルダを見つめ、トリスタンは、膝のハンカチに視線を移す。
「いや。動いていなくとも、きっといつもより美味しく感じる。君となら・・っ」
「ふふ。賑やかですね。楽しそうです」
ぽつりと落とした言葉は、遠くで響く喧噪に溶けて消えた。
ありがとうございます。




