グラナド辺境伯領 6、
「アバスカル侯爵令嬢。次は、どの屋台にしますか?何か、気になるものがあればおっしゃってください」
「はい。では、遠慮なく。あちらにある、ナッツのはちみつ漬けというものが美味しそうで、気になります。他にも、はちみつとしょうがの飴ですとか、はちみつパンというお品にも心惹かれます。あ、あちらには、はちみつ漬けの果物を使ったケーキもあるのですね。種類もたくさんで。流石、養蜂が盛んな土地とお見受けします。そして、目移りします!」
あちらもこちらも、王都では見かけない珍しい品だとカシルダが瞳を輝かせて言えば、トリスタンが苦笑する。
「王都で見かけないものは田舎のもの、と蔑まないのですね。アバスカル侯爵令嬢は」
「蔑む要素がありませんから。ああ、でもどうしましょう。あちらに見える海鮮焼きというものも気になるのですが、お腹には、限界というものがあることも承知しております。となると、この場でしか食べられない物を食べて、ある程度保存がきくものは、持ち帰るのがいいのかしら・・・っ」
悩ましく、色々な屋台の品を見つめていたカシルダは、その時不自然にぶつかって来た男の手首を捕らえると、そのまま捩じり上げた。
「いってええ!何しやがんだ!」
「それは、こちらの台詞だ」
大げさに叫んでカシルダを睨み威圧しながら、男は、手にした財布を素早く袖口に隠そうとするも、トリスタンにその動きを阻まれ、忌々し気に舌打ちする。
「なんだよ。世間知らずのお嬢様だと思ったのによ」
そんな男に、カシルダは、感心の声をあげた。
「見事な手口ね。お財布をすった後、わたくしに手を捻り上げられても、怒鳴る芝居を続けて財布を袖口へ隠すなんて。でも、もっと一緒に居る相手を見るべきだったわね」
大きな声を出されれば、大抵はびくついてしまい、意識をそちらへ向けてしまうから、確かに令嬢には効果的ねと評価するカシルダを見て、男は、がっくりとうなだれ、首を横に振る。
「厄日だ。捕まったうえに、批評までされるなんて」
「お前、見ない顔だな。初犯か?それにしては、手慣れていたな」
「流れ者なんでね」
トリスタンにがっちりと捕獲された男は、抗う様子もなく、吐き捨てるようにそう言った。
「若君!」
そこへ、警備中らしき騎士が、トリスタンへと走り寄って来るのを見て、周りの人間が場所を空ける。
「ああ、ガビノか。すりだ。アバスカル侯爵令嬢が未然に防いだが、他にも被害があるかもしれない」
「分かりました。こちらで調べますので、この件は自分達にお任せください。アバスカル侯爵令嬢。犯人確保にご協力いただき、感謝いたします。ついでに、若君のことをよろしくお願いします!」
男を両脇から抑える騎士の前に立ったガビノと呼ばれた騎士が、代表のように言えば、後ろの騎士ふたりも頭を下げる。
そして何故か、街のひとたちも。
「え?ええ。こちらこそ。グラナド辺境伯子息には、とてもお世話になっておりますのよ」
感謝していると、カシルダが微笑んでそう返せば、三人はとても嬉しそうに、もう一度礼をして、トリスタンに何か目混ぜをして去って行った。
「アバスカル侯爵令嬢。なんというか・・申し訳ない」
「いいえ、謝られるようなことは、何も」
「はあ。ガビノは、オレが幼い頃から指導してくれている兄のような存在で、気はいいのだが・・あ」
思わず『オレ』と言ってしまったらしいトリスタンが、しまったというようにカシルダを見る。
「『私』気にしませんので。『オレ』で大丈夫です」
そんなトリスタンに対し、カシルダも『私』とするからと言えば、ほっとしたようにトリスタンが笑った。
「もしよければ。オレのことはトリスタンと呼んでください」
「では、私のことはカシルダとお呼びください。それから、もっと砕けた話し方をしてくださって、大丈夫ですわ」
にこりと笑い合って、ふたりは買い物を続ける。
「荷物持ちは、任せてくれ」
「ありがとうございます。はちみつの種類も色々あって、はちみつそのものも、とても美味しそうなので、お土産に買いたいです。もちろん、自分へのお土産にも」
家族への土産に、日持ちのする品を選び、自分達が食べたいものを選び。
弾む足取りで、先ほどとは別方向にある広場のベンチに荷物を置いたところで、ふたりは、破落戸のような男たちに囲まれた。
ありがとうございます。




