7:主権者の行進
帝都の外縁部、幾重にも連なる帝国防衛軍の防壁。
その前方に、俺たち『ニホン共和国』の軍勢が到着した。だが、そこにあるのは剣と盾の行列ではない。
手に手に旗やプラカードを掲げた、市民たちの――そして、解放された街々から駆けつけた労働者たちの「行進」だった。
「あそこには重装甲の歩兵連隊が並んでいる。俺たちの今の装備じゃ、まともにやり合えば全滅だ」
俺は震える声で隣を歩くオーエに尋ねた。彼の手には、一冊の分厚い書物がある。俺たちが数ヶ月かけて練り上げた、新しい国の憲法だ。
オーエは止まることなく、ゆっくりと防壁の向こう側――帝国の兵士たちが剣先を向ける、その視線の中央へ向かって歩き出した。
「フジワラ。いいか。暴力で支配する国は、暴力を向けられた瞬間に終わる。だが、意志で結ばれた国は、どれだけ叩かれようと死なない」
防壁の頂上には、指揮官らしき男が苛立ちを隠せない様子で叫んでいた。
「行け! なぜ行かん! あれは国を滅ぼす叛逆者だぞ!」
しかし、兵士たちは剣を構えたまま、間合いを詰められずにいた。
彼らの耳には、既に俺たちが帝都全土に流した情報が届いている。自分たちが守っているのは皇帝の椅子であり、自分たち自身の権利ではないという事実が、カビのように彼らの心に深く根を張っていたからだ。
オーエが、防壁からわずか数十メートルの距離で立ち止まる。
彼は肩をすくめ、背負っていた巨大な拡声魔導器のスイッチを入れた。
その声は、帝都の空気を震わせ、すべての人々の耳に届く。
「帝国軍の兵士諸君! 諸君の刃が向かう先にいるのは、敵ではない!」
静寂。風の音さえ聞こえないほどの沈黙が戦場を支配する。
「諸君は、誰のために戦う? 遠き宮殿で、玉座に座り、チェス盤の駒として諸君を弄ぶ皇帝のためか? それとも、明日を夢見る自分たちの子や、隣人のために戦うのか?」
オーエが憲法を高く掲げる。
「我々は戦争をしに来たのではない。我々は、諸君と共に『未来』を選びに来たのだ。この憲法に記した通り、権力は支配者にあるのではない。ここにいる、すべての民にある!」
オーエは、迷いなくその場に膝をつき、祈るような姿勢をとった。
丸腰の王子。帝国が最も恐れていた、最も危険な思想の体現者。
「討てばいい。だが、諸君の剣が貫くのは、諸君自身がこれから手にするはずだった『自由』だ」
その瞬間だった。
防壁の最前線にいた一人の兵士が、ドスッと剣を地面に突き刺す。
続いて二人、三人。
「……俺たちは、もう、家畜じゃない」
誰かが呟いた声が、連鎖するように広がっていく。
軍の指揮官が激昂し、自ら剣を抜いて兵士に斬りかかろうとする。だが、その指揮官の背後から、兵士たちが彼を抑え込んだ。
「動くな、将軍。……俺たちは、これ以上、誰かの『歯車』として死ぬつもりはない」
イル・ソンガの完璧な計算が、完全に崩れ去った瞬間だった。
数式上は弾き出せるはずの「恐怖による支配」が、一人の男の覚悟と、彼が示した「権利」という名の光の前に、脆くも崩れ去っていったのだ。
「行こう、フジワラ。勝利の行進だ」
オーエが立ち上がり、俺に向かって微笑んだ。
その笑顔は、かつてのポンコツ王子のものではない。自らの意志で歴史を刻む、一人の『政治家』の顔だった。
帝都の門が、内側から開かれる。
俺たちの行進は、まだ始まったばかりだ。
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