6:皇帝の焦燥、王子の覚悟
帝都が沈黙して三日目。
街を覆うのは静寂ではない。インフラが途絶えたことによる、言いようのない重苦しい停滞だ。
俺は庁舎の作戦室で、「手懐ける」した小動物が流してくる情報を必死に解析していた。
「フジワラ、状況は?」
オーエが、珍しく険しい顔で問いかけてくる。いつものドジでポンコツな面影はない。その瞳には、かつてないほどの深刻な陰が宿っていた。
「……最悪だ。帝都の軍部が動いた。それも、暴動の鎮圧という名目じゃない。街ごと焼き払うつもりの強硬派が、イル・ソンガの承認を得て動き出している」
俺の言葉に、部屋にいた仲間たちが息を呑んだ。
ゼネラル・ストライキは確かに効いていた。帝国の歯車は止まり、兵站は寸断され、イル・ソンガの支配は根底から揺らいでいた。だが、その「計算者」は、最後の手段を選んだのだ。
システムがダメなら、システムごと破壊する。それが、天才と呼ばれた皇帝が出した答えだった。
「民衆を、人質に取るつもりか……」
オーエが拳を握りしめる。彼の指先が白く変色していた。
彼は暴力が大嫌いだ。だが、今、彼が守ろうとしている民衆の上に、物理的な破壊の雨が降ろうとしている。
「オーエ、俺たちが先回りして、避難を呼びかけるしかない。でも、間に合うか……」
「いや、逃げるだけでは解決しない」
オーエは首を横に振った。
彼は窓辺に立ち、帝都の方向、不吉に赤く染まり始めた空を見つめる。
「奴は、我々が『ただの暴徒』だと信じ込ませたいのだ。秩序を乱し、国を滅ぼすだけのテロリストだと。我々が逃げれば、奴の理屈が正しかったことになってしまう」
「じゃあ、どうするんだ? 迎え撃つのか?」
「いいや。もっと残酷なことをする」
オーエは振り返った。その顔には、かすかな笑みさえ浮かんでいた。ゾッとするような、慈愛に満ちた覚悟の笑みだ。
「奴が力でねじ伏せようとするなら、我々は『理』で勝つ。今すぐ、全都市に向けた放送を行う。我々が守ろうとしているのは、皇帝の椅子でも、古い王国の名残でもない。彼ら自身の『権利』であり、奪い取られた『未来』そのものだと」
それは、軍事的な戦略ではない。徹底的な思想戦だ。
俺たちがこれまで撒いてきた「平和憲法」と「新聞」。それらを読んだ民衆が、今、何を感じているか。彼らは、自分たちが「歯車」ではなく「主権者」であることを理解し始めている。
「奴が軍を動かせば、それは『反逆者の鎮圧』ではなく、『自国民への虐殺』になる。それを世界中の民衆に見せつけるんだ。天才イル・ソンガが、自分の手で自らの権威を焼き払う姿をな」
俺は震えをこらえ、拡声の魔導器に向かった。
オーエの言葉を、全域へ流すための準備を始める。
俺の能力、「手懐ける」は、動物、いや生物だけでなく、こうした「人々の心」という名の複雑な獣を手懐けるためにもあるのかもしれない。
「調整完了。準備完了だ、オーエ」
「ああ。……これより、この帝国で最も長い夜を始めよう。我々が本当に『国』を創れるかどうか、その試練の夜をな」
帝都を囲む地平線に、黒い軍影が浮かび上がる。
イル・ソンガの焦燥。それは、彼がどれだけ計算を重ねても、最後には必ず「人間の意志」という不確定要素に裏切られるという、天才としての敗北の証明になるかもしれなかった。
俺たちは、戦いを始める。
武器ではなく、言葉と、信念を携えて。
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