5:ゼネラル・ストライキ
俺は震える指で、印刷機から吐き出されたばかりの『最終勧告』を握りしめた。
広大なアジトの地下室。かつては廃墟だった場所が、今では帝国の圧政を覆すための知恵と闘志が渦巻く拠点となっている。
俺の目の前では、オーエが静かに、だが確固たる意志を瞳に宿して頷いた。
「……我々が蒔いた種は、もう十分に育った。あとは、彼ら自身がその『実』を収穫する時だ」
オーエが指差したのは、各地の支部から届いた報告書の山だ。
第三領区の炭鉱、第五領区の物流倉庫、そして帝都の役人たちが管理する文書管理センター。
そこには、全て共通の「混乱」が記されていた。
「奴らは、俺たちが仕掛けた『紙の依存』という罠に、まんまと嵌まっている」
俺は深く息を吐き、改めて作戦の全貌を脳内で整理する。
帝国は、その支配を維持するために、膨大な『紙』の伝票と帳簿を必要としていた。物資の移動、賃金の支払い、徴兵の記録――すべてが手書きの紙によって管理されている。そして、その「紙」――いま帝国国内で流通しているのは俺たちコープ特製の紙ではなく、研究が進み、帝国が内製化に成功したものだ――その生産が、流通が、止まったならば。
俺たちは、各地にバラ撒いた「平和憲法」と「ニホン共和国の新聞」を通じて、労働者たちに『自分たちを縛る鎖』の正体を教えた。
そして今、その鎖を断ち切るためのトリガーを引く。
「全種族、全拠点の労働者へ。……『仕事の手を止めて、立ち上がれ』と」
俺は印刷機のスイッチを入れた。
轟音とともに、何万枚ものビラが刷り出されていく。そこには、ただ一言、強力なメッセージが記されていた。
『労働の停止は、隷属からの解放である』
それは、単なるストライキの呼びかけではない。
彼らの誇りを呼び覚ます、最初の一撃だ。
「帝国のインフラは、たった一日の休業で麻痺する。奴らは紙一枚なしでは、軍隊を動かすことも、食料を配分することさえもできないのだからな」
オーエの言葉通り、俺たちの通信網には、各地からの驚愕の報告が飛び込んできた。
『第四採掘場、全労働者が坑道から退去。管理官が跪いて懇願するも、誰も従わず』
『帝都中央郵便局、全配達員がストライキ決行。重要公文書が山積みのまま放置』
『軍事供給ライン停止。食料の補給路が寸断され、駐屯軍が混沌に』
ドミノ倒しのように、帝国という巨大なシステムが、その中心から腐り落ちていく。
かつては絶対だったイル・ソンガの統治は、民衆が「動かない」と決めた瞬間に、ただの無力な地図へと成り果てたのだ。
「フジワラ、見ていろ。これが『力』ではない、『意志』が世界を変える瞬間だ」
オーエが窓の外を指差す。
はるか遠く、帝都の方角から、何かが燃えるような赤い空が見えた。
それは、かつて民を圧迫していた「効率」という名の怪物が、自らの作り出したインフラに飲み込まれていく、崩壊の産声だった。
俺はミニマム・ドラゴンを肩に乗せ、強く拳を握りしめた。
もう、誰も俺たちを止めることはできない。
このゼネラル・ストライキは、ただの抗議ではない。
新しい国を作るための、産みの苦しみなのだ。
「オーエ、準備はいいか。次に俺たちが届けるのは、新しい法だ」
「ああ。民衆の手で書かれた、真の自由の憲法だな」
俺たちは静かに、だが熱く、夜明けを待った。
帝国が、その重すぎるプライドとともに自壊していく音を聞きながら。
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