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7:脳髄を灼く思想の光

「――ハハ、ハハハハハ! 莫迦も休み休みに言え、フジワラ! 貴様、異界の太陽で脳味噌でも焼いたのか!?」


 物置小屋の薄暗い空気の中で、オーエは腹を抱えて大声で笑い転げた。あまりに笑いすぎて目尻に涙を浮かべ、細い指で何度も床を叩いている。


「王がいない国? 民全員が主権を持つ? クックク……いや、傑作だ! 異界のお伽話としてはこれ以上ないほどに滑稽だな!」


「そこまで笑わなくてもいいだろ。俺のいた世界じゃ大真面目にやってるシステムなんだって」


 俺が呆れて頭を掻くと、オーエは急に笑いを止め、その美しい顔から一切の表情を消した。切れ長の青い瞳が、冷酷なまでの現実主義者のそれに変わる。


「いいか、フジワラ。政治とは、国家とは、そんな甘ったるいお遊びではないのだ。文字すら満足に読めず、明日の収穫のことしか考えていない農民。己の部族の利益しか頭にない傲慢なエルフや、偏屈なドワーフ。そんな烏合の衆に国家の舵取りを委ね

てみろ」


 オーエはベッドから立ち上がり、物置小屋の狭い空間をせわしなく歩き回りながら、王政の人間としての致命的な問題点を列挙し始めた。


「国庫の金をどう分配するか、隣国との交易をどうするか、軍備をどこに配備するか。それらを民全員で話し合えばどうなる? 一つの方針を決めるだけで何年もかかり、結局は互いの利害がぶつかり合って、決定が下る前に内ゲバを起こして自滅するのがオチだ! 『全員がリーダー』とは、『誰も責任を取らない』ことと同義なのだよ!」


 オーエの反論は、ぐうの音も出ないほど正論だった。

 今日見たあのエルフの少女のように、尊厳をすり潰されて絶望している大衆が、いきなり「さあ政治をしろ」と言われてできるわけがない。中世異世界の常識から見れば、民主主義なんてただの自殺行為でしかないのだ。


「だから、一歩ずつ順を追ってやるんだよ」


 俺はため息混じりに、肩の上の小竜をなだめながら言葉を返した。


「お前の言う通り、何万人もが一部屋に集まって話し合うのは無理だ。だから俺の世界では、民の中から『自分たちの代わりに政治を考えてくれる代表者』を、数年に一度の投票で選ぶんだ。それを『選挙』って言う。もしその代表者がバカな政治をしたら、次の選挙で引きずり下ろせばいい」


「選……挙……? 代表を、民の投票で決める……?」


「そう。それに、何でもかんでも全員の意見が一致することなんてないから、基本は『多数決』で決める。だけど、少数の意見も無視しちゃいけないっていうルールをあらかじめ作っておくんだ。王様っていう『一人の天才』に頼るんじゃなくて、誰もが守らなきゃいけない『仕組み』で国を回すんだよ」


「……」


 オーエの足が、ぴたりと止まった。

 彼は何かを言いかけようとして、唇を小さく震わせたまま固まっていた。


「……待て。その『せんきょ』とやらで選ばれた代表者は、王ではないのだな?」


「王じゃないよ。ただの民の代表。任期が終わればただの一般人に戻る。だから権力が一人の人間に永遠に集中することもない」


「権力の、分散……。仕組みによる、統治……」


 オーエの目の色が変わった。

 先ほどまでの嘲笑の気配は微塵もなく、その青い瞳は、まるで見たこともない未知の古文書を読み解くかのようにギラギラとした異様な光を放ち始めていた。


「みん……しゅ……しゅぎ……」

 彼の驚異的な頭脳が、俺の拙い説明の裏にある「本質」を、恐ろしい速度で計算し、再構築していくのが分かる。


「……おい、フジワラ。もし、その思想を、帝国の圧政に喘ぐ亜人や平民たちに叩き込んだら……どうなる?」


 オーエの声が、微かに震えていた。怒りでも、落胆でもない。それは――武者震いだ。


「え? どうなるって、みんな自分の権利のために戦おうとするんじゃないか?」


「そうだ……! まさにその通りだ、フジワラ!!」


 オーエは突然、自らの両肩を抱きしめるようにして、狂おしいほどの歓喜の声を上げた。その肌には、びっしりと鳥肌が立っている。まるで天啓を受け、雷に打たれたかのような衝撃が、彼の全身を貫いていた。


「私は今まで、ソンガ帝国を倒すためには、私が新たな『絶対的な王』になり、帝国以上の暴力を組織せねばならんと思い込んでいた。だが、それでは民はついてこん! 支配者がイルから私に変わるだけなのだからな! だが――」


 オーエは俺に掴みかからんばかりに顔を近づけた。その瞳は完全に灼き尽くされていた。


「この『民主主義』という思想は違う! これを奴隷どもに与えれば、彼らは『元王族のオーエ』のためではなく、自分たちの自由と、自分たち自身の『権利』のために、自発的に命を懸けて帝国へ牙を剥く! 命を奪われても、思想が生き続ける限り、彼らは無限に立ち上がる! これは……これは国家を内側から腐らせ、崩壊させる、最悪で最強の『感染症』だ!!」


オーエの言葉の物凄さに、今度は俺が息を呑んだ。

 現代日本のぬるい義務教育で習った「民主主義」という綺麗な言葉を、この亡国の王子は、独裁国家を叩き潰すための「思想兵器」として完璧に理解し、その牙を研ぎ始めたのだ。


「面白い……! 面白すぎるぞ、フジワラ! 貴様の頭脳は、肉体を強化するだけの俗物どもなど足元にも及ばぬ、世界をひっくり返す至高の神の英知だ!」


「いや、だから俺の頭脳じゃなくて、先人の知恵なんだけど……」


「決まりだ! 私の頭脳でお前の世界のシステムをこの異世界に最適化し、完璧な反逆のプロットを組み立ててやる! 行くぞフジワラ、まずは帝国の息がかかった、あのエルフの奴隷収容所からだ! 」


 さっきまで洗濯物に絡まってひっくり返っていたポンコツ王子は、どこへやら。

 未知の思想に脳髄を灼かれ、狂気的なまでのカリスマを放ち始めたオーエを前に、俺は「あ、これマジで平穏なスローライフ終わったわ」と、ただただ冷や汗を流すしかなかった。


感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

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