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6:チートの限界と、独裁の合理性

 ――夕闇が物置小屋の狭い空間をじわじわと侵食していく。


市場から戻って以来、オーエはベッドの端に腰掛けたまま、じっと己の両手を見つめていた。その白く細い指先は、今も微かに震えている。


「……フジワラ。私は何としても、あのイル・ソンガを、ソンガ帝国を打倒せねばならん。今日見たあの地獄を、これ以上広げさせるわけにはいかないのだ。……そのためには、貴様のその『異界のチート能力』が必要だ。隠さずすべてを吐き出せ、貴様の【魔獣テイム】の真価を!」


 オーエはガタッと身を乗り出し、藁を散らしながら俺の胸ぐらを掴んできた。青い瞳の奥には、狂気的なまでの焦燥と期待がギラギラと渦巻いている。


「うお、近い近い。……分かったから手を離せって。そんな大層なもんじゃないんだよ、俺の能力は」


 俺はオーエの細い手首を優しく掴んで引き剥がし、肩の上の小竜を指差した。


「俺の能力は、正確に言うなら『言葉の通じない生き物と、心を通わせる』能力だ。人間以外の野生生物や魔獣なんかと、完璧に対等な対話ができる。それだけだよ」


「対話……だと? 脳を書き換えて絶対的な奴隷にするような、強力な『精神支配』ではないのか!?」


「そんな恐ろしい能力じゃない。今も、この子は俺のことが好きだから一緒にいるだけなんだよ。もし俺が理不尽に虐めたり命令したりしたら、普通に嫌われて逃げられる。それに――」


 俺は、まだ少し痛む右腕をぽんぽんと叩いた。


「この能力、人間には『一切効かない』んだ。それに、テイムしたからってその生き物が突然何十倍も強くなるわけじゃない。狂暴な魔獣をいきなり手なずけようとすれば、心を通わせる前に普通に噛み殺されそうになる。この腕の怪我だって、三日前に野生のウルフと『お友達』になろうとして失敗した名誉の負傷だよ」


「……何、だと?」


オーエの顔から、ギラギラとした期待の光が急速に消灯していく。


「人間には効かず、魔獣を即座に無敵の兵器化できるわけでもない……。では、貴様がいくら魔獣を懐かせたところで、訓練された帝国の重装騎士団に正面から勝てるわけではないのだな?」


「まあ、普通にずったずたにされて終わりだろうな。戦争の役には立たないよ」


「……チッ、使えん。期待して損をした」


 オーエはあからさまに肩を落とし、深いため息をついて布団の上にドサリとひっくり返った。おめでたいほどの落差だ。だが、その瞳の奥には、再び「どうやって帝国に勝てばいいのか」という、果てしない絶望の影が揺らめいていた。


「……やはり、個人の武力(チート)などに頼ろうとした私が莫迦だったな。ソンガ帝国のあの完璧な『システム』を崩すなど、生半可な力では不可能なのだ」


「システム?」


 俺の問いに、オーエは天井を見つめたまま、今度は『天才政治オタク』としての冷徹なトーンで語り始めた。


「フジワラ。貴様は今日見たあの光景から、あの国をただの残虐な悪の国家だと思っただろう。だが、それは違う。あの【イル・ソンガ】が敷いた帝政は、国家の形として『極めて合理的で強力』なのだ」


「合理的……? あんな残酷なことをする奴らが?」


「そうだ」


 オーエは身体を起こし、悔しげに奥歯を鳴らした。


「我がナァノ朝の王政は、優しかったが、同時に意思決定が遅すぎた。地方の領主たちの意見をいちいち聞き、合議を重ね、誰もが傷つかない道を探る。平和な時はそれでいい。だが、飢饉や魔獣の大量発生といった国難の際、その『優しさ』は致命的な遅れとなる。……しかし、帝国の独裁は違う」


オーエは人差し指を一本、鋭く立てた。


「皇帝イルが『右』と言えば、数万の軍勢が一瞬で右を向く。誰の許可も、話し合いも要らん。圧倒的なトップ一人の意志が、そのまま国家の最速の行動となるのだ。利害の対立する種族どもを、今日のように強大な暴力で等しく抑えつけ、富と兵力を中央に一瞬で集中させる。これほど戦争に強く、統治において効率的なシステムは他にない。……だからこそ、民は恐怖しながらも帝国の支配に従うのだよ」


 民主主義が当たり前だった現代日本から来た俺にとって、オーエの言葉は新鮮だった。

 独裁は、ただの悪ではない。戦争や国難において「最強の効率」を誇るからこそ、歴史上で何度も選ばれてきた冷徹な正解なのだ。それを、あのエルフの絶望の目が証明していた。


「そんな完璧なバケモノ国家、一体どうやってひっくり返せばいい……。エルフやドワーフの生き残りを集めて私が新たな『絶対的な王』になり、同じ独裁のシステムで挑むしかないが、そんな軍勢を組織する前に、帝国の圧倒的な物量に押し潰されるのがオチだ……」


 頭を抱え、天才ゆえに敗北の未来を正確に予測して絶望するイケメン王子。

 そんな彼の姿を見て、俺は小さなため息をつきながら、現代日本の一般人としての『素朴な疑問』を、本当にポロッと口にしてしまった。


「なあ、オーエ。そもそもさ」


「何だ。今さら私の頭脳にケチをつけるなよ」


「いや、そうじゃなくて。……なんで帝国を倒すために、お前が新しい『王様』にならなきゃいけないんだ?」


「……は?」


 オーエが、何を言われたのか分からないという風に、マヌケな声を上げて目を丸くした。


感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

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