7:帝国の誤算
コープが軍隊を解体した。その報せは、帝国最前線の砦において、将軍・バルドスの耳に届いた。
彼は豪奢な机を叩き、鼻で笑った。
「馬鹿げている。あの王子が、自らの喉元にナイフを突き立てて自害したということか? いや、それ以下の道化だ。丸腰のまま帝国に膝を屈する……降伏のつもりか、それとも狂乱か」
バルドスの背後では、重装歩兵たちが鎧を打ち鳴らし、出撃の時を待っていた。帝国中央のイル・ソンガ皇帝からの命令は『静観』。しかし、バルドスにとってその指示は、若き皇帝の「弱さ」と映っていた。
これ以上の好機はない。武器を持たぬ民など、ただの獲物に過ぎない。蹂躙し、焼き払い、あの目障りな「民主主義」という名の虫どもを根絶やしにする。
「全軍に伝えろ。大義名分など不要だ。我ら帝国の軍威を見せつけるだけで十分だ。数万の鉄靴で踏み潰し、その日のうちにあの盆地を灰の山に変えてやる」
進軍ラッパが鳴り響いた。
数万の正規重装歩兵が国境を越え、盆地へと続く細い峡谷へとなだれ込む。
地面を揺らす重い足音。掲げられた軍旗が、太陽の光を反射して熱く光る。
その光景を、コープの領境にある監視塔から見ていた若者の一人が、青ざめた顔で駆け込んできた。
「た、大変です! 帝国軍が……国境を越えてきました! 武装した歩兵が数万、この盆地を目指して一直線です!」
広場にその声が響くと、静まり返っていた人々の間に動揺が走った。
昨日まで平和憲法を叫び、未来を語り合っていたドワーフたち、人間の若者たち、亜人たちが、顔を見合わせる。
「剣は……剣はどこだ!」
「義勇軍の武器は預けたはずだ、誰か、誰か予備の武器を!」
かつての戦士たちの魂が、恐怖と共に呼び起こされる。彼らは本能的に、慣れ親しんだ暴力の記憶に縋ろうとした。しかし、誰一人として武器を持っていない。憲法に誓った「戦力の不保持」という名の重い現実が、彼らの手に冷たい空虚をもたらしていた。
「……来る」
高台の執務室の窓際から、俺――フジワラは静かに眼下の峡谷を見下ろした。
俺の肩の上では、ミニマム・ドラゴンが不安げに身を震わせている。
オーエは、俺の隣でじっと戦況を見守っていた。
その顔に動揺はない。ただ、静かな怒りと、確固たる決意が宿っている。
彼は深く息を吸い込み、低く呟いた。
「来るがいい、帝国。貴様らが捨てた理性を、我らが導入した『システム』が裁いてやる」
盆地の底へと侵攻する帝国軍の軍靴の音が、死の予兆のようにコープの谷間に響き渡っていた。
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