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1:復讐の熱狂

カン、カン、ガギィン……!


ノルズ山脈の冷涼な空気を震わせ、今日も盆地のあちこちから小気味良い槌音が響き渡っている。

かつては日々のパンにも困っていた辺境に産まれた共同体は、ここ数ヶ月で劇的な変化を遂げていた。


第四の権力、独自の新聞(ジャーナリズム)がもたらした「ファクト」の共有。

デマという熱病を乗り越えたことで、人間と亜人たちの連帯はかつてないほど強固になり、秋の豊作も相まって、街は本当の意味での「豊かさ」と「余力」を手に入れ始めていた。


「いやあ、今日も活気があるな。そろそろ冬越しのための新しい農具や、水車用の鉄製ギアが仕上がってる頃合いか」


俺――フジワラは、肩に乗せたミニマム・ドラゴンを撫でながら、ドワーフたちが取り仕切る中央鍛冶場の大扉をくぐった。

立ち上る熱気と鉄の匂い。そこには、筋骨隆々なドワーフの職人たちが、上半身裸で炉の炎に向かっている活気ある光景が広がっていた。


「よお、親方! 例の新型の鋤の刃、進み具合はどう――」


俺の言葉は、親方が金床の上で打ち据えている「それ」を見て、ピタリと止まった。


「おお、フジワラの兄ちゃんか! 農具ならとっくに納品しちまったよ。今はもっと大事なもんを打ってるところだ。見ろよ、この刃の直線具合を!」


ドワーフの親方が自慢げに掲げたのは、農具でも工具でもなかった。

光を鈍く反射する、殺傷力に特化した分厚い『両刃の長剣』だった。


「……親方、なんだよこれ。誰のオーダーだ? 治安維持隊用の装備は、もう十分に行き渡ってるはずだろ」


「オーダーじゃねえよ、俺たちの『自主制作』だ」

親方はニヤリと笑い、鍛冶場の奥を指差した。

そこに積まれていたのは、鈍く光る無数の剣、槍の穂先、そして量産された鉄の盾だった。ざっと見積もっても、数百人分はある。


「俺たちはもう、ただ怯えて隠れ住むだけの連中じゃねえ。メシも食えるようになった。俺たちの権利を守ってくれる法律もある。……なら、次はどうするべきか分かるだろ?」


親方の言葉に、周囲でハンマーを振るっていたドワーフたちも一斉に手を止め、ギラギラとした目を俺に向けた。


「かつて俺たちの故郷を焼き、仲間を奴隷にした帝国に……『復讐』する時が来たんだよ。これだけ強固な集団になったんだ。俺たちだって軍隊を持ち、あの憎き人間の帝国兵どもをぶち殺してやるんだ!」


「そうだ! 帝国の連中に、俺たちの痛みを知らしめてやる!」


鍛冶場に、ドワーフたちの怒号にも似た歓声が響く。

俺は背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。


「ちょ、ちょっと待て。俺たちはあくまで生活共同体であって、武力行使を前提とした集団じゃない。それに帝国と正面から戦争なんて――」


「フジワラさん!」

鍛冶場を後にして広場へ出た俺を、今度は元気な若い声が呼び止めた。

声の主は、かつて帝国軍の末端としてこの村に赴任し、今ではすっかりコープの住人となった人間の若者たちだ。その後ろには、エルフやドワーフの若者たちも入り混じり、何やら揃いの腕章をつけて整列している。


「お前ら……仕事はどうした? その腕章は何の真似だ?」


「見て分かりませんか! 『コープ義勇軍』の結成式ですよ!」

先頭に立つ人間の若者が、誇らしげに胸を張った。


「オーエ様が俺たちに『主権』をくれた! だからこそ、俺たちは自分の意志で、自分たちの国を武力で守り、拡大する権利がある! 俺たち若者が軍隊となって帝国に攻め込めば、他の虐げられてる奴らもきっと立ち上がるはずです!」


「そうだ! やられっぱなしで終わるか! オーエ様の御旗の下に、帝国を討ち滅ぼせ!」


若者たちが拳を突き上げると、広場を囲んでいた一般の民衆たちからも「そうだ!」「義勇軍万歳!」という熱狂的な拍手と歓声が沸き起こった。

肩の上のミニマム・ドラゴンが、異様な空気に怯えたように「きゅぅ……」と喉を鳴らし、俺の首元に身を寄せる。


俺は、その場に立ち尽くした。

目の前で起きている熱狂の正体を、俺の持っている『現代の歴史知識』が冷酷に弾き出していたからだ。


(……これが、民主主義の影。豊かさと権利を手に入れた大衆が、真っ先に陥る過ちか……!)


腹を空かせている間は、生きることで精一杯だった。

だが、生活が安定し、自らが「国を動かす主役(主権者)」であるという自覚を持った時。大衆に生まれた莫大な余力は、かつての抑圧者に対する『激しい復讐心』と『攻撃的なナショナリズム』へと容易に転化してしまう。


「俺たちも軍隊を持とう」

「俺たちも帝国と同じように、力で正義を証明しよう」


それは一見、頼もしい愛国心に見えるかもしれない。

だが、彼らは分かっていない。素人が怒りに任せて組織した数千の義勇軍など、戦争のプロである帝国の十万の正規軍から見れば、ただの「的」でしかないということを。


「マズい……このままじゃ、自分たちの手で帝国の『大義名分』という罠に飛び込むことになるぞ」


沸き返る広場の熱狂の中で、俺は一人、見えない巨大な危機がコープを内側から食い破ろうとしている音を聞いていた。

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