エピローグ:紙の砦、そして国家の産声
暴動が鎮まり、サヴァランが捕縛されてから数日後。
コープの街には、驚くほどの静けさが戻っていた。
夕暮れ時の議事堂のテラス。
俺――フジワラは、心地よい夕風に吹かれながら、眼下に広がる街並みを見下ろしていた。肩の上では、ミニマム・ドラゴンが「きゅい……」と小さくあくびをして、俺の髪に顔を埋めている。
広場では、相変わらず多くの人間や亜人たちが行き交っていた。だが、数日前までのような殺気はない。彼らの手には一様に『コープ時報』が握られており、街角のあちこちで、紙面を指差しながら熱心に話し合う姿が見て取れた。
「みんなが自分でファクトを確かめて、自分の頭で考える。これで新聞ジャーナリズムは機能したな」
俺が隣に立つオーエにそう語りかけると、彼は一時は大衆に絶望し、投げつけられた石によって作られた額の傷痕をそっと指先で撫でた。
そして、静かに、だが力強く首を振った。
「いや、私は大衆の底力を甘く見ていた。彼らは騙されもするし、時に狂気へ流されもする。だが、歪みのない正しい事実さえあれば、過ちを認めて自ら正す知性を持っていた。これこそが、私の求めていた『主権者』の姿だ」
オーエの青い瞳に、もはや迷いの陰りは一切なかった。泥を投げつけられ、一度どん底まで落とされた王子の顔には、いまや明確な王者の風格が宿りつつある。
「フジワラ。コープはもはや、ただの生産協同組合の規模を越えた」
オーエはテラスの手すりを強く握りしめ、言葉を紡ぐ。
「私たちはこれより、この人間と亜人の絆を法律と制度で固める。帝国に対抗しうる、真の『民主主義国家』へと進化させるんだ」
それは、この異世界において前例のない、新たな国家の産声を意味していた。
言葉の毒で侵されるような脆弱なシステムではない。冷厳な事実を共有し、市民が自ら思考する、強固な紙の砦。
「ああ。面白くなりそうだな」
俺とオーエは並び立ち、やがて夜の帳が下りる空を見つめた。
その遥か先、暗雲が垂れ込める方角には、圧倒的な武力と情報統制で世界を支配する帝国の首都がある。
次なる戦い――「建国」という名の壮大な計画へ向けて、俺たちのシステムは、今この瞬間から新たな進化を始める。
(亡国の王子とチート転移者は〈民主主義〉で圧政に反逆します 第五話・完)
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