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8:最初のスクープ、あるいは絶対的な信頼

夜明け前、コープの街角に「それ」は貼り出された。

ドワーフの技術と油性インクが生み出した、一枚の新聞。題字には『コープ時報』と力強く刻まれている。


広場に集まっていた群衆が、見慣れぬ紙の束に足を止める。戒厳令の張り詰めた空気の中、彼らは「また王子のプロパガンダか」と疑心暗鬼の視線を向けていた。だが、紙面に躍る大見出しを見た瞬間、彼らの足が止まった。


『予算計算の怠慢による三百ゴールドの使途不明金、及び王子オーエによる一時的な隠蔽工作について』


誰かが息を呑む音がした。

「王子が自分のミスを隠した?」「しかも三百ゴールドも?」と、周囲の人間たちがザワつき始める。誰もが「王子の広報」を期待していた場所に、信じがたい「身内の恥」が赤裸々に記されていたからだ。


俺とオーエは、遠巻きにその様子を伺っていた。オーエは顔を真っ青にして紙面を凝視している。


「……ギルバートは、本当に書いたんだな」

「ああ。嘘偽りなく、な」


読んでいた男が、ニヤリと笑った。

「おい、これを見ろ。王子様が自分の失敗をさらけ出してるぞ。どうやらこの新聞は、俺たちを騙そうとするいつものお偉方の広報誌とは違うみたいだぜ」


周囲の群衆からも、同意の頷きが広がる。

これまで「オーエ側の広報」だと決めつけていた大衆の防衛本能が、この「身内の不祥事」という強烈なファクトを前に、霧散していく。自分たちに都合の良いデマを流す勢力とは明らかに違う、冷徹なまでの「客観性」が、大衆の信頼を勝ち取ったのだ。


「オーエ、お前の恥が、街の猜疑心を解かしたぞ」

「……ああ。痛みはするが、これほど心地よい敗北感は初めてだ」


オーエが力なく笑う。


「……フジワラ様、少し懸念があります」


人混みが少し落ち着いた頃、ギルバートが俺の隣で低く呟いた。

「コープ製の「紙」が普及して久しいので、この街の識字率はかなり高いです。ですが、字の読めない者に、この新聞の『事実』はどう伝わるでしょうか?」


「ああ、それなら問題ないだろう。ギルバート、お前の新聞の左下、あれはいいな」


俺が指差した先には、今回の予算ミスを図解と挿絵で誰にでもわかるように描かれた『風刺画』があった。文字が読めずとも、何が起きたか一目でわかる視覚的なレイアウトだ。


「さらに、広場ごとに新聞を読み上げる担当を配置した。亜人の歌姫ミーシャのファンだった若者たちや、字の読める商人に小銭を払って『読み聞かせ』を頼んだんだ。文字の読めない大衆には、街角の掲示板と読み聞かせが『第四の権力』を伝えるスピーカーになる」


「……なるほど。権力の広報とは逆のアプローチで、民衆のネットワークを利用するわけですか」


ギルバートが眼鏡を押し上げ、小さく感心したように頷く。

文字という「記録」と、耳から入る「情報」。この二段構えでコープ全域にファクトを行き渡らせる。これなら、デマを流す工作員も、文字の壁に隠れることはできない。


街の空気が変わった。

先ほどまでの「オーエ=亜人贔屓の裏切り者」という熱病のような怒りが、新聞という「事実」を手にしたことで、少しずつ冷静な「理性」へと置き換わっていく。


俺の肩の上のミニマム・ドラゴンが「きゅいっ」と鳴きかけ、小さく頷いた。

相棒も、何かを感じ取ったのか、得意げに尻尾を振っている。


これでいい。デマをデマで打ち消すのではなく、圧倒的な「事実」の暴力で、大衆の脳内のノイズを消し去る。

街のどこかに潜む「播種者」が仕掛けた言葉の毒に対する、唯一にして最大の解毒剤――それがこの新聞だ。


俺は執務室に戻り、相関図の中心、「播種者」が潜む最後の隠れ家へと、ネズミたちの網を絞り込んでいく。

フードの男の足取りは、依然として議事堂周辺で煙のように消える。奴は内部にいるのか、それとも精巧な隠し通路を使いこなしているのか。


準備は整った。

この新聞という武器で、大衆の熱狂が落ち着いた今、次は「何が真実か」を大衆に突きつける最後の審判だ。

影の中にいるその工作員を、必ず尻尾ごと引きずり出してやる。

感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

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