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3:決裂の議場、あるいは狂気の足音

二日後、状況はさらに悪化していた。

コープの最高立法機関である大議場――「国会」に相当するその場所は、かつてないほどの怒号と熱気に包まれている。円卓を取り囲む傍聴席には、人間の平民たちとエルフやドワーフをはじめとする亜人たちが、明確に分かれて陣取っていた。互いを見つめる視線は鋭く、いつ衝突が起きてもおかしくない気配を醸し出している。


「静粛に! 各員、静粛に願います!」


議長席に立つヒューが、顔を真っ赤にして何度も木槌(ガベル)を叩くが、沸き立った民衆の声にかき消される。

俺――フジワラは、議員席からその様子を焦燥感を抱えながら見つめていた。隣に座るオーエも、青い瞳を険しく細めて議場を凝視している。


いま、演台に立っているのは記録官のギルバートだ。


「繰り返し報告する! 開拓地への農具配給、および各種族の税率に関して、特定の種族を優遇、あるいは冷遇したという事実は一切存在しない! すべてこの公的な帳簿に記録されている通り、法に則って公平に行われている!」


ギルバートが手元の紙束を掲げ、毅然と言い放つ。いつも通りの真面目で、一切の妥協を許さない彼の態度だ。だが、その正論は、今の大衆にはただの「行政側の言い訳」にしか聞こえないらしかった。


「嘘を言うな! その帳簿自体が、亜人どもに都合よく書き換えられているんじゃないのか!?」

「そうだ! 俺たちの税金が、後から来たハルピュイアどもの支援金に化けているのを俺たちは知っているんだぞ!」


傍聴席の人間たちから、容赦ない罵声が浴びせられる。ヒューが「不規則発言は控えなさい!」と一喝するが、効果はない。ギルバートは眼鏡の奥の目を不快げに細め、「愚劣な。感情論で公式記録を疑うなど、知性を疑う」と吐き捨てた。その頑固な態度が、議場の火にさらに油を注ぐ。


「何だと!? これだから偉そうなエルフは信用できないんだ!」

「人間こそ浅ましい! ミーシャの歌の通りだ、お前たちは私たちの果実を奪おうとしている!」


今度は亜人側の傍聴席から怒号が上がり、議場は完全にコントロールを失った。


「フジワラ様、オーエ様。……もう、ヒュー議長の手におえる規模ではありません……」


俺たちの背後から、アドバイザーのサヴァランが震える声で囁いてきた。彼の腕には、各部署から回ってきた苦情処理の書類が山積みにされている。

「これ以上、この場を長引かせれば、議場そのものが物理的に破壊されます。行政(おふたり)の権限で、ハインツ殿の防衛隊を介入させて傍聴人を排除するよう、ヒュー議長に要請すべきでは……。そうすれば、批判の矛先はすべて決定を下した行政に向き、議会というシステムそのものは守られます……」


サヴァランはおろおろとしながら、いかにも事態の長期化を恐れる小市民らしい、しかし最悪の悪手を提案してくる。


「それはダメだ、サヴァラン。ここで防衛隊を動かしたら、行政が立法を力で脅したことになる。コープの信頼が死ぬ」


オーエが低い声で拒絶した、その時だった。議場の扉が乱暴に押し開けられた。

入ってきたのは、商業ギルド長のレナードだ。彼の背後には、街の有力な人間の商人たちがぞろぞろと従っている。


「ヒュー議長、並びに議員の皆様! 商業ギルドを代表して緊急の動議を提出いたします!」


レナードは脂ぎった顔を歪め、議場の中心で大声を上げた。


「これ以上の混乱は、我がギルドの死活問題だ! 現に、亜人たちの店舗との取引はすべて停止している! 我々は、議会が『人間の安全と利益を最優先する』と明文化した法案を即刻可決することを要求する! それが通らない限り、今後の納税および物資の流通を全面的にボイコットさせてもらう!」


議場が大きくどよめいた。ボイコット。そんなことをされれば、発展途上のコープの経済は一瞬で干上がる。


「レナード、君は自分が何を言っているのか分かっているのか!? それは明確な『法の下の平等』への違反だ。議会がそのような差別法案を通すわけがない!」


オーエがたまらず席から立ち上がり、激昂する。だが、レナードは冷ややかに笑うだけだった。


「法よりも、今日食うパンの方が大事なのだよ、王子。大衆が求めているのは、君たちの作った小難しいシステムではなく、安心なのだから」


「――そこまでだ、強欲商人」


冷徹な声と共に、今度は武装したハインツが防衛隊を引き連れて議場へと踏み込んできた。ヒュー議長が「ハインツ殿! 武器を持って議場に入ることは禁止されている!」と叫ぶが、ハインツの目は完全に据わっており、その手は腰の剣の柄にかけられている。


「ヒュー議長、お言葉ですが、大衆の暴走を止めるには、やはり力しかありません。これより防衛隊は独自に行動し、街を戒厳下に置きます。同時に、反乱因子として、広場で人間を扇動している亜人の劇団――ミーシャの身柄を拘束します!」


「待て、ハインツ! 行政の命令を無視する気か!」


俺の制止も、今のハインツには届かない。


「コープを守るためです、フジワラさん! たとえあなたたちに恨まれようとも、俺は俺の正義を貫く!」


ハインツが翻り、防衛隊員たちを引き連れて議場を去っていく。レナードの商人たちもまた、吐き捨てるようにして席を立ち、ギルバートは「秩序の崩壊だ」と冷酷に書類を閉じた。

サヴァランは「ひ、ひえぇぇ……内戦だ、もうおしまいだ……」と頭を抱えて椅子に縮こまっている。

壇上では、ヒュー議長が力なく木槌を落とし、呆然と立ち尽くしていた。


誰もが、コープを、あるいは自分たちの生活を守るために、いつも通りの「彼ららしい正義と利害」で動いた。裏切り者なんて一人もいないはずだ。

なのに、どうして議会は決裂し、防衛隊は暴走し、街は分断されてしまったんだ?


俺は膝の上で震えるドブネズミをそっと撫でた。

ネズミが鋭い五感によって、すでに広場で防衛隊と亜人の平民たちが武器を手に対峙し、一触即発の狂気が街を包み込んでいく足音が、はっきりと聞こえていると伝えてきた。

感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

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