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10:自律、分散、そして

「オーエ、東の崖からの物理的な伝令を待ってたら確実に手遅れになる……! あそこには地下水脈がない、水盆通信(アクア・リンク)は物理的に繋がらないんだ!」


 泥と硝煙にまみれたフジワラが、通信用の水盆を前にして歯噛みする。

 東の断崖は完全な通信の死角。本陣からの防衛指示を届ける術は、物理的に存在しない。


「……いや、フジワラ。通信を繋ぐ必要はない」


 私は、限界まで脳細胞を回転させながら、戦況図を凝視した。

 イル・ソンガの独裁システムは、兵の命を燃料にして最速の通信速度を維持している。だが、それは裏を返せば「イルという一人の天才が指示を出さなければ、末端の兵は一切動けない」という、極端な中央集権の欠陥だ。


「イルは、東の崖が『通信不能だから、何も決められずに混乱している』と思い込んでいる。……だが、我がコープの民を舐めるな」


 私は議場を振り返り、全権を委託してくれた民衆へと叫んだ。


「これより、本陣からの指揮権を一時的に完全放棄する! 東の断崖のハルピュイアたちへ、指示を送るのをやめろ!」


「な、何言ってるんだオーエ!? 指示を出さなきゃ、あいつらは全滅するぞ!」


「逆だ、フジワラ。私たちの民主主義の本当の強みは、権力を集約することじゃない。『全員が当事者として、自分で考えて動ける』ことだ!」


 そうだ。数万人での話し合いは遅い。だが、コープの民は全員、自分がこの国の主権者であるという強い自負を持っている。王の命令を待つだけの帝国のロボットとは、精神の構造が違うのだ。


「東の崖のハルピュイアたちは、通信が途絶した時点で自分たちが孤立したことを察知する。そして、本陣の指示を待っていたら間に合わないことも、彼女たち自身が一番よく分かっているはずだ!」


 その時、東の崖の麓に待機させていたウルフたちから、微かな地鳴りの報告が届く。

 東の断崖のトップから、大量の岩石が「帝国の鉄甲騎兵団」の頭上へと猛然と降り注ぎ始めたという。本陣からの命令など、一文字も届いていないにもかかわらずだ。


「ハルピュイアたちが……自分で考えて、崖を崩した……!?」

 フジワラが目を見開く。


「そうだ! 彼女たちは誰の命令も待たず、自分たちの意志で、現場の最適解を選んで動き出したんだ!」


 中央が通信遅滞で死んでいるなら、末端が個別に超高速処理を行えばいい。

 通信が繋がらないからこそ、イル・ソンガの予測を遥かに超える「現場の即興の防衛策」が、帝国の鉄甲騎兵団の横腹へと突き刺さる。


「西海岸の防衛部隊、左翼のエルフ弓兵へ告ぐ! 東の崖への救援ルートは、お前たち自身の判断で最も効率的な道を選べ! 私の指示を仰ぐな、現場のプロであるお前たちが今、一番正しい答えを知っている!」


 私の叫びに、エルフの隊長がニヤリと笑って、通信を切った。


 一人の天才の脳髄ですべてを縛る「独裁の神速」に対し、こちらは数万人の脳髄がそれぞれの現場で同時多発的に最適解を叩き出す「自律の超神速」。

 通信の死角を突いたつもりのイル・ソンガは今、通信が繋がっていないがゆえに予測不能な動きを見せる、数万人の主権者という怪物に牙を剥かれることになった。


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