7:完璧なる包囲網
深夜、帝国軍本陣の戦況図に異変が生じていた。
「報告! 敵反乱軍の動きが劇的に変化しました! 先ほどまでの混乱と遅滞が嘘のように、極めて迅速な兵力移動を開始。西海岸のセイレーン拠点を包囲していた我が方の先遣隊に対し、エルフの狙撃兵の遊撃部隊が一糸乱れぬ完璧なタイミングで挟撃を仕掛けてきました!」
「……何だと?」
イル・ソンガは、浮かび上がる魔導戦況図を凝視した。
西海岸で、帝国の青い光点が、突如として統率の取れた動きを始めた敵の白い光点に押し返されている。
ほんの数分前まで、烏合の衆のように不毛な議論を繰り返していたはずの組織だ。それが、まるで一人の優秀な将軍の脳髄を共有したかのように、神速の防衛陣形を敷き始めている。
「イル様、これは一体……! まさか奴ら、あの非効率な『お話し合い』を、この短時間で終わらせたとでも言うのですか!?」
狼狽する将校を、イルは冷徹な一瞥で黙らせた。彼の思考は、すでに敵の「新システム」の正体を看破しつつあった。
「いや、違うな。オーエめ……全会一致という欺瞞のルールを捨てたか。大衆から一時的にすべての決定権を取り上げ少数の頭脳に権力を集約させたな」
イルの固い指先が、チェス盤の黒い女王の駒に触れる。
「主権を民に持たせると謳いながら、危機に陥れば結局は私の『独裁』を模倣せねば何も決められん。やはり合議など、平時の平穏に茹でられた無能どものただの甘えに過ぎなかったという証明だ」
イルの唇から、冷たい確信の言葉が漏れた。
だが、同時に彼は、オーエがそこまで柔軟に自らの「理想の欠陥」を修正してきたことに対する、微かな評価を胸の内で下していた。かつての無能なナァノ王族であれば、議論に殉じてそのまま全滅を選んでいたはずだ。
「だが、遅いよ、オーエ。形だけ私の模倣をしたところで、付け焼き刃の集権組織が、極限まで洗練された我が帝国の命令系統に勝てる道理がない」
イルはチェス盤を見下ろし、黒い騎士の駒をさらに深く、東の断崖の奥へと進めた。
「どれほど上の意思決定を早めようと、組織の末端に情報を伝える『神経』が死んでいれば意味がない。彼らの連絡網――水盆通信は、地続きの水脈がない東の断崖には繋がらない。それはすでに調べてある」
イルの戦術眼は、完全に戦場の「物理的な限界」を捉えていた。
西海岸の決定がどれほど神速になろうとも、東の崖に拠点を置くハルピュイアたちへの命令は、物理的な伝令を走らせるしかない。そこには必ず、数十分から数時間の「タイムラグ」が生じる。
「東の鉄甲騎兵団へ第二種魔導通信。西海岸の敵に構う必要はない。ハルピュイアの拠点を完全に孤立させ上空からの連携を物理的に遮断しろ。伝令の届かぬ『死角』から、あの組織を内側から引き裂いてやる」
イルの瞳に、絶対の君主としての冷徹な光が宿る。
一人の天才の意志によって張り巡らされた完璧な包囲網が、音を立ててコープの急所へと狭まっていった。
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