4:王子様の療養期間と、賑やかな日常
オーエが孤児院の物置小屋に転がり込んできてから、三日が経過した。
「痛っ……!? 貴様、フジワラ! この私にこのような怪しげな緑色の泥を塗りつけるとは、いかなる嫌がらせだ!」
「嫌がらせなわけあるか、薬草だよ薬草。お前が森で負った擦り傷に塗ってやってるんだ。ほら、じっとしてろ王子様」
物置小屋のベッド(といっても藁の上にボロ布を敷いたものだ)の上で、オーエは大騒ぎしていた。
三日間の休養と、孤児院の薄いスープのおかげで、行き倒れ寸前だった彼もどうにか自力で座れるくらいには回復している。相変わらずお顔の天才ぶりは健在で、文句を言っている顔すら無駄に絵になるのが腹立たしい。
「ふん、薬草か……。我が王宮の治癒魔術に比べれば、あまりにも原始的で野蛮な治療法だな」
「その原始的な治療法に命を救われたのはどこのどいつだよ。……よし、これで包帯は巻き終わり。じゃあ俺は子供たちの面倒を見に行くから、お前は大人しく寝てろよ」
俺が立ち上がると、オーエは不満げにフイと顔を背けた。プライドが高くて素直になれない奴だが、三日前のような「いつ殺されるか分からない」という張り詰めた狂気は、この三日間で少しだけ和らいでいるように見えた。
物置小屋を出て孤児院の広場へ向かうと、すぐにチビどもが突撃してきた。
「あ! フジワラ兄ちゃん!」
「兄ちゃん、お腹空いたー!」
「ねえねえ、あの綺麗なお兄ちゃん、もう元気になった?」
「おうおう、順番に喋れ。綺麗なお兄ちゃんはまだちょっとバテてるから、もうしばらく寝かせてやってくれ。それより、お前たちはお昼の準備だ。手伝ってくれるか?」
「「「はーーーい!」」」
元気いっぱいに返事をする子供たちの頭を撫でながら、俺はふと思う。
この世界に転移してきた当初は、右も左も分からず、言葉が通じることだけが救いだった。そんな俺を拾って、居候として置いてくれたのが、この小さな辺境の孤児院の院長先生だった。
俺の【魔獣テイム】の能力は、戦いにはまるで役に立たない。けれど、子供たちのために森で害のない小動物を捕まえて触れ合わせたり、ちょっとした力仕事をこなすことで、どうにかこの場所での「自分の居場所」を作ってきたのだ。
ごく普通の、日本ではどこにでもいた量産型の高校生。そんな俺にとって、この賑やかで温かい日常こそが、何よりも守りたい「スローライフ」だった。
昼過ぎ。
オーエが「退屈だ、この私がいつまでも寝ていると思うな」と、おぼつかない足取りで物置小屋から出てきた。
案の定、子供たちに「あ! ゴミのお兄ちゃんだ!」と取り囲まれ、「ゴミではない、王子だ!」と無駄に美声で言い返している。
「おい、フジワラ。暇潰しに、私も何か手伝ってやろう。王族たるもの、民の労働というものを視察するだけでなく、時には体験するのも悪くない」
「へえ、殊勝な心がけじゃん。じゃあ、あそこにある洗濯物を干しておいてくれ。俺は薪割りをするから」
「ふん、容易いことだ。そのような単純作業、私の知略を動かすまでも――」
――十分後。
「うわあああ!? 何をしてくれるんだ貴様は! なぜ私を巻き込むのか!?」
「キュウウウ!」
見れば、オーエは洗濯物のシーツに完全に絡まり、身動きが取れなくなって地面を転がっていた。しかも、俺の相棒の小竜が親切のつもりで手伝おうとしたのか、口から小さな火の粉を吹き、シーツの端を綺麗に焦がしている。
「あーあ……。シーツを干すだけでなんでそんなスパイ映画みたいな絡まり方するんだよ……」
「足が! この布が、私の足を的確に狙って絡みついてきたのだ! やはり異界の呪術か!?」
「ただのお前の運動神経のなさだよ! ほら、じっとしてろ、今解いてやるから!」
「運動神経など何故要るのだ! 私には比類なきこの頭脳がある!」
俺はため息をつきながら、シーツのミイラのようになっている美形王子を救出した。
顔は天才、頭脳も一級品。けれど、家事能力と身体能力はマイナス一万点以上。それが、この亡国の王子の偽らざる正体だった。
ドタバタとした、けれどどこか気の抜ける日常。
夕方になり、赤く染まった空を見上げながら、オーエはぽつりと呟いた。
「……不思議な場所だな、ここは。帝国に怯える中央の民とは、まるで目の色が違う」
「ここには、お前を縛る王宮も、怯えさせる皇帝もいないからな。みんな、ただ必死に、だけど自由に生きてるだけだよ」
俺が言うと、オーエはしばらく無言で子供たちの笑い声を見つめていた。その横顔には、またあの昏い復讐の炎が、静かに、しかし消えることなく揺らめいていた。
「……フジワラ。三日経ち、私の足もどうにか動くようになった」
「お、じゃあ明日あたり、街への買い出しに付き合ってもらうか。お前一着しか服がないから、安物でいいから着替えを買わないとな」
「よかろう。久々の外界だ。帝国の目を盗み、この世界の現実を視察してやるとしよう」
オーエは不敵に笑ってみせた。
この時、俺たちはまだ知らなかった。
翌日向かう街で、この平和な日常を木端微塵に破壊するほどの、帝国の「おぞましい現実」を目の当たりにすることになるなんて――。
感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください




