4:混迷する議会
「静粛に! 皆、静粛にしろ!」
私がどれほど声を張り上げようとも、掘っ建ての議場を埋め尽くした数万人の怒号は収まらなかった。
運動神経が皆無な私の貧弱な声など、パニックに陥った民衆の狂乱にあっさりと掻き消されてしまう。
西海岸のセイレーンから「帝国の大艦隊接近」の報が届いた直後、東の断崖からも血相を変えたハルピュイアの伝令が飛び込んできた。
『東の崖の下に、帝国の鉄甲騎兵団が迫っています!』と。
東西からの同時多面侵攻。敵の総大将は、我が一族を滅ぼし帝国を築いた絶対の独裁者、イル・ソンガ。
あまりにも早すぎる。こちらの防衛体制が整う前に、完璧な速度で急所を突きにきていた。
「おいオーエ、これどうすんだよ! 西の海岸線だけじゃなく、東の崖まで挟み撃ちなんて聞いてねえぞ!」
「武器の配給はどうなっている! まずはドワーフに戦斧を作らせろ!」
「いや、エルフの弓兵を東の崖へ回すのが先だ!」
「何を言っている、森を焼かれる前に一斉撤退すべきだ!」
壇上から見下ろす議場は、まさに地獄絵図だった。
誰もが当事者であり、誰もが「主権者」として対等な一票を持っている。だからこそ、自分の命がかかったこの局面で、誰もが自らの主張を譲ろうとしない。
戦うべきか、逃げるべきか。
それを決めるための「総会」は、開始から一時間が経過してもなお最初の議題すら決まらずに混迷していた。多数決を取ろうにも、数万人の挙手を集計している間に敵の矢が降ってくるだろう。
「フジワラ! お前の国の一億人は、敵が攻めてきた時もこうして暢気に怒鳴り合っていたのか!?」
私は、壇上の脇でテイムした魔獣たちの指示に追われているフジワラに、半ば八つ当たり気味に叫んだ。
フジワラは冷や汗を流しながら、苦渋に満ちた顔で振り返る。
「まさか! そんなことしてたら、話し合いの最中に国ごと消滅してるよ! 全員の意見をそのまま聞いてたら時間が足りないんだ!」
その通りだ。全員で話し合って決める「直接民主主義」は、平時の理想としては美しくとも、一分一秒を争う戦時においては致命的な「遅滞」という弱点になる。
「オーエ様、大変です……!」
書類の山から顔を出したセクレタが、真っ青な顔で水盆を指差した。
西海岸のセイレーンからの通信だ。決定の遅れによって防衛線の構築が間に合わず、西海岸の拠点がすでに帝国の先遣隊に包囲されつつあるという。
イル・ソンガの嘲笑う顔が、私の脳裏に鮮明に浮かんだ。
話し合いを重んじ、何一つ決められずに多くの民を死なせた、かつての我が「ナァノ王国」の愚行。今、私たちはその同じ轍を踏もうとしていた。
「……くそ、あいつの言う通り、私の思想はただの甘えだったというのか……!」
目の前に刃が迫っている。
議決までの空白の時間が、じわじわと私たちの首を絞めていた。
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