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2:数万人の足枷

 カツカツ、と気の遠くなるような連続音が、掘っ建て小屋(をドワーフの技術で超頑丈にした行政庁舎)の奥から響いてくる。


「……死ぬ。なぁフジワラ、俺は手懐けられる魔獣じゃなくて、この山積みの書類を手懐けてくれる文官の魔獣が欲しい……」


 机の上の、自分の身長ほどもある書類の山から顔を覗かせたのは、亡国の王子オーエだった。高いカリスマと知性を誇るはずの男の顔は、今や完全に生気を失いクマで真っ黒になっている。

 運動神経が皆無なのは知っていたが、今の彼はペンを握る指先すらプルプルと震えていた。


「贅沢言うな。俺だって、総会を開くための広場の設営だの数万人分の椅子の運搬だので、腰がバキバキなんだよ」


 俺――フジワラは、差し入れのハーブティーをオーエの机に置きながら、深くため息をついた。


「空海同時物流作戦」の大勝利以降、反乱分子『コープ』の知名度は跳ね上がった。帝国の圧政に喘いでいたエルフ、ドワーフ、有翼種、獣人、そして人間の農民たちが、自由を求めて続々とこの解放区になだれ込んできたのだ。


 結果、コープの人口は一気に数万人規模へと膨れ上がった。

 街は活気に溢れ、本来なら喜ぶべきことなのだが――現実の運営は甘くなかった。


「なぁオーエ、さっき広場を通ったら、またエルフとドワーフが怒鳴り合ってたぞ。共同浴場の『湯加減』について、全会一致の結論が出ないってさ」


「……またか。昨日は『西通りのゴミ捨て場の位置』で夜通し揉めて、一昨日は『大道芸人の火吹きパフォーマンスの許可制について』で朝まで総会を開いていたな」


 オーエは頭を抱えて机に突っ伏した。


 俺たちがこの世界に持ち込んだ、誰もが対等な一票を持つ「主権在民」と、みんなで話し合って決める「直接民主主義」。

 数百人規模の隠れ里だった頃は、それで上手く回っていた。だが、人口が数万人になった今、その美徳は完全に牙を剥いていた。


 何か一つ決めるたびに、数万人が広場に集まって議論を行う。

 だが、種族が違えば文化も違う。エルフは静寂を好み、ドワーフは騒がしいのを好む。人間は効率を求め、ハルピュイアは体調に配慮してほしいと訴える。議会は紛糾し、全会一致どころか、多数決を取るための集計すら満足に終わらない。


 結果として、「みんなの意見を聞く」というルールのせいで、ゴミの処理方法から水路の補修計画にいたるまで、生活に直結するあらゆる決定が「目詰まり」を起こして停止していた。


「フジワラ、お前のいた世界では、一億人を超える人間が暮らしていたと言ったな。彼らは毎日、一億人で集会を開いていたのか? そんなことをすれば、飯を食う時間すらなくなるはずだ」


「まさか。そんなことしたら国が滅ぶよ。俺の国ではな、こういう時のために――」


 俺が言いかけたその時。

 バシャ、と部屋の隅に置かれた大きな水盆が激しく波立った。


『――緊急事態です! オーエ様、フジワラ様!』


 水盆の奥から響いたのは、西海岸を監視しているセイレーンの、悲痛な叫び声だった。

 水盆通信(アクア・リンク)。セイレーンの魔力特性を活かした、俺たちの命綱であるリアルタイム連絡網だ。


『水平線の彼方に、無数の影が見えます……! あれは、帝国の、ソンガ帝国の本国艦隊です! その数、これまでの比ではありません!』


 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

 ついに、あの独裁国家が本気で俺たちを潰しにきたのだ。


「チッ、よりによってこんな、何も物事が決まらないタイミングで……!」


 俺たちの最大の武器だった「民主主義」が、今、巨大な足枷となって俺たちの足を引っ張ろうとしていた。


感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

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