7:水盆の密談、一触即発の夜
洞窟内の空気は、文字通り凍りついていた。
ヒュー率いる人間の農民たちと、バリスタらドワーフ・エルフの職人たちが、通路を挟んで互いを睨みつけている。力でねじ伏せれば、組織は内側から崩壊する。かといってヒューの言う通りに全権を渡せば、待っているのは帝国による各個撃破だ。
「……フジワラ、集まったな」
深夜、誰もが見張りを立てて神経を尖らせる中、俺とオーエ、セクレタ、そしてバリスタの四人は、洞窟の最奥にある誰も来ない地底湖のほとりに身を潜めていた。
俺たちの目の前には、なみなみと地下水が張られたドワーフ特製の巨大な木樽が置かれている。
「始めるぞ。セクレタ、セイレーンの長へ接続を」
「了解しました」
セクレタが魔力を込めると、木樽の水面が滑らかに波打ち、次の瞬間、西海岸の冷たい海に浸かったセイレーンの長の姿が鮮明に浮かび上がった。旅先で偶然発見した、地続きの地下水脈をハッキングするポータブルリモート会議システム――『水盆通信』の起動だ。
『……お待ちしておりました、オーエ、フジワラ。西海岸の状況は極めて緊迫しています。帝国の正規海軍が、入り江の遙か沖合に陣取り、完全に海上を封鎖しました』
水盆から響くセイレーンの長のささやき声に、オーエが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「陸路だけでなく、海路まで完全に網を張られたか。帝国め、徹底しているな」
「物理的な包囲網は完璧ってわけか。……あ、静かに!」
その時、洞窟の天井の隙間から、夜風を切り裂く微かな羽音が聞こえた。
バササッと音を立てて俺たちの前に舞い降りたのは、東の断崖から夜闇に乗じて帝国の監視網をすり抜けてきた、ハルピュイアの伝令の少女だった。水盆通信が繋がらない東の崖とは、彼女たちの圧倒的な飛行速度による「物理的なエア・メール」だけが頼りだ。
少女は息を切らしながら、俺の耳元にそっと顔を寄せ、極小のささやき声で伝言を告げた。
「(……フジワラ様……。東の山頂の隠しルートから、麓の状況を偵察しました……。帝国の陸軍は、山を包囲することに集中しており……上空への警戒は……完全に疎かになっています……)」
「上空への警戒が疎か……!」
俺はハッと目を見開いた。バラバラだったパズルのピースが、脳内で一気に組み合わさっていく。
「オーエ、勝機が見えたぞ。帝国軍の包囲網の『抜け穴』だ」
---
「ほう? 言ってみろ、フジワラ」
私は水盆に映るセイレーン、そして耳をすますハルピュイアの伝令を見据えながら、フジワラの言葉を促した。
「帝国軍は『陸路と海路を塞げば、俺たちは一歩も動けずに干上がる』と思い込んでいる。だけど、俺たちにはハルピュイアの空路がある。そして、海軍が封鎖しているのは『普通の船が通るルート』だけだろ?」
『その通りです』水盆の向こうから、セイレーンが頷く。『帝国の大型戦艦は、私たちが根城にする浅瀬や、鋭い岩礁地帯には座礁の恐れがあるため絶対に近づけません』
「つまりだ」フジワラが不敵に微笑む。「ハルピュイアが山頂から紙の束を空輸して包囲網を飛び越え、それを西海岸の岩礁地帯で待つセイレーンが受け取って、帝国の軍艦が入れない浅瀬を通ってあちこちの市場へと密輸する。これなら、陸の包囲網を『完全に出し抜いて』物流を維持できる!」
「……ククク、ははははは!」
私は思わず、洞窟に響かないよう声を抑えながらも、激しく爆笑した。
「素晴らしい! 完璧だ! 敵が張った二次元の網を、我らは空と海の三次元で無力化するというわけだな!」
「ああ。だけど、これを行うには絶対にクリアしなきゃいけない『ボトルネック』がもう一つある」
フジワラが真剣な目で私を見た。
「――ヒューたち人間の協力だ。紙を大量に生産し、山頂まで運び、空と海のルートを二十四時間体制で回すには、洞窟の全員が一枚岩にならなきゃ絶対に人手が足りない」
「ふむ……。あのアホ面どもを正気に戻さねばならんというわけか」
私は腕を組み、静かに思考を巡らせた。
ヒューの「仲間を守りたい」という直訴状の正義は本物だ。力で圧政を敷けば組織は死ぬ。ならば、彼のその「正義」そのものを、我がコープのシステムの一部として綺麗に取り込んでしまえばいい。
「フジワラ。お前が以前言っていた、あの超高度な政治システム――『さんけんぶんりつ』とやらを、明日の市民総会で導入する」
「……本気か、オーエ? この異世界でそれをやるのか」
「当然だ。一人のカリスマに権力が集中する組織は、いつか必ず腐敗し、第二の帝国になる。ヒューの不安を根底から抹消し、全種族を対等に統合する唯一の手段が、そのシステムだ」
水盆の向こうの海、そして暗い洞窟の底。
私たちは夜が明けるまで、帝国、そして内なる分断を完全に破るための「組織の書き換え計画」を練り上げるのだった。
感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください




