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4:海の覇者と「奇跡の糸」

「――聞け、海の気高き支配者たちよ! イル・ソンガ帝国はお前たちの歌声を『航海者を狂わせる呪い』と蔑み、その深い入り江に閉じ込めた! だが私は違う! お前たちのその声は、広大な海を支配するための至高の『武器』であると断言しよう!」


西海岸、波が激しく打ちつける複雑な岩礁地帯。

私は潮溜まりの真ん中に堂々と立ち、夕日を背に、全開の声量とカリスマの波動を込めて大演説をぶちかましていた。


背後では、護衛兼秘書のセクレタリアが「相変わらず無駄に声量だけは一流ですね……」と呆れたように書類で口元を隠している。


だが、私の目の前の水面から顔を出しているセイレーンの長たちは、呆れるのを通り越して、完全に私の発する「熱量」に圧倒されていた。


「(な、何なのだ、この人間は……。我が種族の魔力と、完全に波長が同調している……?)」


セイレーンには、『周囲の水に己の魔力や音声を同調させ、広範囲に伝播させる』という強烈な種族特性がある。

私の常軌を逸した声量と圧倒的な自己肯定感が、彼女たちのその生態特性を無自覚に刺激し、周囲の潮溜まりの水面が、まるで生き物のように激しく共鳴し始めていた。


「我がコープに加われ! お前たちの力で、帝国の正規海軍すら近づけないこの入り江を、完璧な『海上密輸ルート』へと書き換えるのだ!!」


私が最高潮の決め顔でここぞとばかりに拳を突き上げた、まさにその瞬間だった。


私の足元の潮溜まりから、突如として「うわあああ!? 王子の生霊が出たあああ!!」という野太いドワーフたちの怒号が、水面を割って響き渡った。


「……ぬ? なんだ、今の不躾な声は」


演説の腰を折られた私は、怪訝な顔で足元の潮溜まりを覗き込んだ。

すると、どうだろう。

濁るはずの海水が鏡のように滑らかになり、そこにはなぜか、数キロメートルは離れた北の隠れ洞窟で、松明を持ってお祭り騒ぎを起こしている居残りドワーフたちの姿が、デカデカと鮮明に映し出されているではないか!


「なっ……セクレタリア! 水面にドワーフが湧いているぞ!」

「王子、落ち着いてください。湧いているのではなく……これは、繋がっているのですか……!?」



---



「おい、もっと強く突け! 王子とフジワラがいねえ隙に、紙の生産効率を上げるための地下水路を拡張すっぞ!」


コープの拠点。バリスタの部下のドワーフたちは、洞窟の最奥で岩盤の掘削作業に汗を流していた。


「せーの、おらよっとぉ!」


大槌が硬い岩盤を粉砕した、その瞬間。

奥からドバァッと冷たい地下水が溢れ出し、作業用にと足元に置いていた「木製の水盆」や「水樽」の中に勢いよく流れ込んだ。


「よっしゃ、開通……って、うおっ!? なんだこの声は!」


掘り当てた地下水脈から、突如として「――海上密輸ルートへと書き換えるのだ!!」という、聞き覚えのありすぎるポンコツ王子の演説が爆音でエコーしてきた。


「王子の生霊だ!」「いや、呪いだ!」

ドワーフたちが大騒ぎしながら、足元の水たまりを覗き込む。

すると、水たまりに張られた水面が激しく波打ち、次の瞬間、西海岸の夕日を背に熱弁を振るい、驚いた顔でこちらを見下ろしているオーエ王子の顔が、まるで鏡のように綺麗に浮かび上がった。


『なっ……セクレタリア! 水面にドワーフが湧いているぞ!』


水盆の中の王子が、リアルタイムで喋っている。


「王、王子!? 本当に王子なのか!?」

一人のドワーフが、恐る恐る水たまりの中に顔を近づけて叫んだ。


西海岸の潮溜まりの中にいるオーエは、その声をはっきりと聞き取り、目を丸くした。


『……お前たち、そこは洞窟の最奥か? なぜ私の姿が見える?』


「俺たちが壁をぶち抜いて、地下水がここで水たまりになった途端に、王子の顔が見えて声が聞こえてきたんだよ!」


そのやり取りを見ていたセイレーンの長が、ハッと息を呑んだ。


「(間違いないわ……。私たちの『水と同調する特性』が、この人間の声量で極限まで増幅され、地続きの地下水脈を通って、あちらの水に伝播したのよ……!)」


「なるほど!」

西海岸のオーエは、一瞬でその本質を見抜いて不敵に笑った。

「セイレーンの魔力が、地続きの水を『糸』のように繋いだというわけか! フジワラが言っていた、あの『りもーと会議』とやらが、今ここに完全な形で成立したぞ!」


「市民オーエ、このままでは声が小さすぎます。顔を水につけて下さい」

オーエは明らかに動揺を示す。

「え、いやだ!濡れるじゃないか!」

「つべこべ言わずに!」

 セクレタリアはじたばたと抵抗するオーエの後ろ頭を、問答無用にむんずと掴むと海面に押し付けた。

  

 『ドワーフども、よく聞け! その水を捨てるな! 持ち運ぶのだ! 水が溜まってさえいれば、その容器ごとどこへでも私との通信を持ち運べるはずだ!』


「お、おう! やってみる!」

ドワーフが恐る恐る水盆を、数メートル横の作業机へと移動させる。水面は少し揺れたが、オーエの姿は消えず、音声もクリアなままだ。


「繋がってる……! 樽でも水盆でも、水が入ってりゃどこへでも持ち運べるぞ、これ!」


「ククク……素晴らしい!」

オーエは潮溜まりから顔を上げ、畏怖の目で自分を見つめるセイレーンたちを見据えた。

「どうだ、海の覇者たちよ。お前たちの力は、ただの呪いではない。世界を繋ぐ、最強の『通信インフラ』だ!しかも我々の本拠地にお越しいただく必要すらたった今なくなった!! 我がコープの最高幹部(市民)として、その力を世界に轟かせようではないか!」


その圧倒的な成果とチートじみた新技術の誕生に、セイレーンの長たちは完全に魅了され、深く、深く水面へと頭を垂れるのだった。


これこそが、この「コープの水」でのみ成立する、究極のポータブル通信器――『水盆通信(アクア・リンク)』が誕生した瞬間であった。


「にしてもひどいじゃないか、セクレタ!」

むなしくオーエの叫びが響き渡った……。

 


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