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2:偉そうな王子と、この世界のカタチ

「――というわけでな、フジワラ。私は本日より、この『物置小屋』の主となることを許可してやる。感謝するがいい」


「勝手に俺の寝床を占領するな。あと、居候させてもらう立場でなんでそんなに偉そうなんだよ」


 夕方。孤児院の夕食で出た、お世辞にも豪華とは言えない「ただの硬い黒パンと薄い野菜スープ」を前に、オーエはふんぞり返っていた。

 お世辞にもマナーが良いとは言えない床に直座りだが、背筋の伸び方やスープのすくい方だけは無駄に洗練されていて、見ているこちらがむず痒くなる。


「ふん。私はこれでも王族だからな。この世界の歴史や理について、貴様のような無知な異界人に講義してやるのだ。授業料の代わりとしては破格だと思わないか?」


「はいはい、ありがたいね。……で? さっき言ってた、お前を追ってる『帝国』ってのは何なんだ? 俺、この村から出たことないから、ぶっちゃけこの国のことよく知らないんだよ」


 俺がスープにパンを浸しながら尋ねると、オーエは一瞬だけ、その美しい青い瞳を哀しげに伏せた。だが、すぐにフッと自嘲気味な笑みを浮かべる。


「……無理もない。この一帯は国境の端の端。中央の血生臭い激動など、届かぬほど長閑な場所だからな。よかろう、教えてやる。……半年前まで、この国は『ナァノ王国』と呼ばれていた」


「ナァノ?」


「そうだ。我が一族が数百年にわたり治めてきた、歴史ある王政――ナァノ朝だ。決して豊かな国ではなかったが、民は皆、法の下で穏やかに暮らしていた。……それを、あの簒奪者どもめが無残に踏みにじるまではな」



 カタ、とオーエの手が微かに震え、木製のスプーンが器の縁に当たって鈍い音を立てた。

 その顔から、先ほどまでの傲慢なポンコツさは綺麗に消え失せていた。


「ソンガ家。我が国で最大の軍事力を誇っていた公爵家であり……私にとっては、幼い頃から見知った『忠臣』のはずだった。だが彼らは半年前、突如として牙を剥き、王都でクーデターを起こしたのだ。魔術師団と私兵を率いて王宮を包囲し、一晩でナァノの血を引く者を皆殺しにしようとした」


「一晩で……。じゃあ、今の国は王様がいないのか?」


「いや、統治者はいる。ただし、王ではなく『皇帝』がな」


 オーエは忌々しげに吐き捨てた。


「ソンガ家は王政を廃止し、自らが頂点に立つ『帝政』を宣言した。現在は国名を『ソンガ帝国』と改め、ソンガ家の長兄であるイル・ソンガが、初代帝王の座に就いている。……奴は、逆らう者を一切容赦せぬ冷酷無比な男だ。今や中央では、奴の恐怖政治によって民が奴隷のように虐げられている」


 イル・ソンガ。

 初めて聞く、この世界の支配者の名前。その名を口にするオーエの横顔は、昏い怒りに満ちていた。


「お前は、どうやってそこから逃げたんだ?」


 俺の問いに、オーエは深く息を吸い込み、己の両手をじっと見つめた。

 白く、細く、ペンより重いものを持ったことがなさそうな、戦いにはおよそ向かない手だ。


「……父上と母上が、私を逃がしてくれたのだ。戦う力のない私を、王宮の隠し通路へと押し込み……自らは、迫り来る帝国の兵たちの前に立ちはだかった。私が通路を走っている間、背後から聞こえたあの忌まわしい肉の裂ける音、そして……母上の悲鳴が、今も耳から離れない」


「オーエ……」


「奴らは、両親を無残に殺した。見せしめとして、その首を王宮の門に掲げたのだ。私は……私は、ただ泣きながら、泥を這いずり、ここまで逃げ延びるしかなかった……!」


 ギュッと握り締められたオーエの拳から、血が滲む。

 彼がまとっている、凡人の俺すら気圧されるほどの「復讐心」。それは、目の前で愛する両親を惨殺されたという、あまりにも重すぎる絶望から生み出されたものだった。


 ここには、茶化せる空気など一欠片もなかった。

 静まり返る物置小屋の中で、オーエはただ、半年前のあの日――世界が血に染まった『始まりの夜』のことを、じっと見つめ直すように目を閉じた。


感想いただけると狂喜乱舞しますので感想くださいください

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