1:なんかすごいの拾ってきた
「フジワラ兄ちゃーーーん! 裏の森になんか凄いゴミ落ちてたーーー!!」
のどかな昼下がり、孤児院の裏庭でひたすら草刈りをしていた俺――フジワラは、鼓膜を突き破らんばかりの子供たちの黄色い大声に、思わず手元の鎌を止め、額の汗を拭った。
「ゴミってなんだよゴミって。分別できるもの以外は拾ってくるなっていつも言ってるだろ……って、うわあああ!? 何それ引かないで! 引きずらないであげて!?」
見れば、孤児院のやんちゃ盛りの子どもたち三人が、泥まみれでボロボロになった「何か」の両足と衣服の裾を無邪気に掴み、ズリズリと容赦なく地面を引きずりながら迫ってくるところだった。
ゴミではない。明らかに人間だった。それも、仕立てだけはえらく良さそうな装いの、しかし今は破れかぶれで泥と枯れ葉まみれになった、息も絶え絶えの男の行き倒れだ。
「兄ちゃん、これまだ生きてるよ!」
「かわいそうだから連れてきた!」
「し、死なないよね……?」
「生きてるなら余計に引きずっちゃダメだろ!? 頭打ってるからぁ! ほら、兄ちゃんが持つからお前たちは下がってろ!」
俺は慌ててその「ボロ布のような男」を抱き起こした。
抱えてみて驚いた。驚くほど軽いのだ。
俺自身、この異世界に転移してきてから数ヶ月、孤児院の手伝いで多少は身体が引き締まったものの、見た目はどこにでもいる黒髪黒目のごく平凡な日本の高校生(十七歳、絶賛人生迷子中)だ。筋肉質でもなければ、特筆すべきイケメンでもない。いわゆる「量産型な見た目の一般人」である俺から見ても、この男の身体の細さは際足つ。筋肉というものを完全に拒絶しているかのような細さで、なるほどこれでは森で行き倒れるわけだと納得するだけのことはあった。
とりあえず、死なせるわけにはいかない。
俺は子供たちをなだめ、男を孤児院の物置小屋(兼、俺の寝床)へと運び込んだ。
それから一時間。
俺は男の泥まみれの服を脱がせ(よく見ると素人目にも分かる最高級のシルク製だった)、濡れタオルで全身の泥を丁寧に拭き取り、俺の着替えの安物の麻服を着せてやった。
そして、前髪にこびりついた泥を綺麗に拭い去り、その素顔が露わになった瞬間――俺は思わず、持っていたタオルの手を止めて硬直した。
「……うわ、何これ。引くほど美形じゃん」
思わず声が漏れた。
輝くような白銀の髪。彫刻のように整った鼻梁。気品に満ちた薄い唇。
これまで現代日本の芸能人もそれなりに画面越しに見てきたが、目の前の男は次元が違った。寝顔ですら、どこかの美術館に飾られている天使の絵画のようだ。眉目秀麗、容姿端麗、そんな言葉を具現化したような、圧倒的な「お顔の天才」がそこにいた。
「キュウ?」
俺の肩に、手のひらサイズの小さなトカゲ――背中にちんちくりんな羽を生やした、俺がテイムした魔獣『ミニマム・ドラゴン』が飛び乗ってきた。我が相棒も、このあまりの美形ぶりに興味津々のようだ。
その時、美形の長い睫毛がピクリと動いた。
切れ長の、しかし宝石のように澄んだ深い青色の瞳が、ゆっくりと開かれる。
「……ここは、どこだ。私は、ついに天上に召されたのか……?」
声まで無駄に美声だった。男はぼんやりと天井を見つめ、それから、枕元に座っている俺の顔を視線で捉えた。
「――っ! き、貴様は何奴だ! 帝国の追手か!?」
男はジタバタと飛び起きようとした。が、自分の足が布団に絡まりそのまま豪快に床へ顔面から突っ込んだ。ぶべふ、と美声からは想像もつかない汚い声が響く。
「痛っ……! な、何をする、卑劣な罠か!?」
「勝手に転んだんだよ。ほら、無理すんなって。まだ身体が冷えてるんだから」
俺が苦笑しながら手を貸すと、男は鼻の頭を真っ赤にしながら、俺の手をバシィと跳ね除けた。そして、床にペタンと座り込んだまま、鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。
その瞳の奥には、先ほどのポンコツな動きとは打って変わって、燃え盛るような、暗く深い『憎悪』の炎が宿っていた。
「私とてこの国の王子……オーエだ。命乞いはせん。首を撥ねるなら撥ねるがいい、下劣な帝国の犬め……!」
「オーエ……?すまん、なにか誤解があるようだ。お前を拾ってきたのはあそこにいるチビどもだし、俺はただの孤児院の居候だよ」
俺が物置小屋の隙間から覗いていた子供たちを指差すと、オーエは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。王子のプライドが完全に迷子になっている。
と、その時。オーエの視線が、俺の肩の上で首を傾げていた小竜に固定された。
一瞬で目を血走らせ、信じられないものを見るように俺を指差した。
「ま、待て……! 貴様、その肩に乗せているのは『ミニマム・ドラゴン』か!? 狂暴で人間には決して懐かず、害獣として駆除されるだけのあの魔獣を、なぜ完全に手懐けている!? この世界のいかなる魔術・調教術でも不可能なはずだ!」
「え? あ、いや、これは【魔獣テイム】っていうか、ちょっと心を通わせただけで……」
オーエはすっくと立ち上がろうとして、やっぱり足がもつれて一回よろめきつつ、俺の胸ぐらを掴んできた。顔が近すぎる。無駄に良い匂いがする。
「あり得ん! そんな『概念』はこの世界に存在しない! ……ハッ、まさか貴様、異界の理を持つという、伝説の【転移者】か!?」
「げ」
一発で見抜かれた。顔は美しいけれどバカっぽいが、知識量だけは一級品らしい。
俺が引きつった笑いを浮かべると、オーエの瞳に、先ほどとは全く違うギラギラとした怪しい光が宿った。
「素晴らしい……! 天はまだ私を見捨てていなかった! 異界のチート能力を持つ男よ! 私と共に帝国へ復讐を――」
「嫌だけど?」
「……え?」
即答すると、オーエはマヌケな声を上げて固まった。
「なんで俺がそんな命がけの復讐に付き合わなきゃいけないんだよ。俺はここで、この子たちと穏やかにスローライフを送るって決めてるんだ。というわけで、動けるようになったらとっとと出ていって――」
「待ってくれ!! 頼むからここに置いてくれ!!!」
さっきまでの王族のプライドはどこへやら、オーエは床に両膝と両手を突き、見事な土下座の姿勢をとった。あまりの必死さで、長い銀髪が床に散らばっている。
「外には帝国の追手がウロウロしているんだ! 今の私が外に出れば、一分と経たずに捕まって首を吊るされる! 何でもする! 雑用でも何でもこなすから、頼む、しばらくここに匿ってくれ……!」
眉目秀麗な天才イケメン王子による、必死の物乞い土下座。
俺は、これから自分の平穏なスローライフが音を立てて崩れ去っていく予感をひしひしと感じながら、盛大にため息をつくしかなかった。
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